24時間耐久+C企画 76to100



079:反旗を翻す【はんきをひるがえす】


「オルハルディさん、逃げろ」
 ルツの言葉に耳を疑った。
「なん、だって?」

「先生に言われて来たが……、ルツ。マジでマジなのか?」
 はっとしてそちらに視線をやる。そこにはもうひとり、ロト、といったか。鴉隊がいた。
 反射的に杖を構える。ロトはちらりとオルハルディに視線をやると、すぐにそれを向ける先をルツに戻した。

「俺は本気だ」
 ふ、と周囲の空気が変わる。空間が殺気に支配される。
「へぇ……じゃあ」
 ロトが双剣を構える。ルツもまた、得物を出す。
「本気で行くぜ? 最悪、おまえを殺しちまってもいいって先生に言われてるしな!」
 仲間だったはずなのにこの楽しそうな様子。純然たる対立する相手だけでなく。反旗を翻した者にはかくも厳しいのかと戦慄する。
「オルハルディさん、逃げろ! 出来るだけ遠くへ……ここならカミーノも遠くない! 早く行け! 走れるなら、走れ!!」
「させねえっ!」
 投げつけられたナイフを杖で弾き飛ばす。ロトの本来の双剣の刃の早さ、威力に応戦するのはまだ困難だろうが、このくらいの距離あるならば、対応は不可能ではない。
 ちっと派手に舌打ちが聞こえる。
「っつーかルツッ! マジで裏切んのかよ! どういうつもりだっ!」
 切り結ぶ音の端々に責め立てる声が混じる。
 リンナ自身にも、ルツがいったいどういう思惑を持って解放したのかはわからなかった。

 不意に、風を切る音がした。

 切り結んでいたルツとロトが跳び退く。さきほどまでまさに交戦していた場所に、矢が刺さる。
「ちっ……避けたか」
 すとん、と高さの割に軽い音を立て、木から飛び降りたのは、リンナにも見知った顔だった。
「──新月!」
「久しぶりだな。おまえを──助けに来た」
 ぎり、ともう1本、矢をつがえる。
 ルツ、ロト共にぱっとそこから飛び立ち、それぞれに森の中に身を隠した。

 さらに後ろから足音がした。
「リンナ!」
 ずっと会いたくて会いたくて、しかし合わせる顔がない……そう思っていた相手が、姿を現した。  


082:暗闇【くらやみ】


 天井を見ていた。
 もちろん、その先を見通すことなどできない。
 だがしかし──ただ、見ていた。
 暗闇の澱むようなそこを見つめていた。

 また、ルツに抱かれた。
 犯されたのではない、抱かれた。
 リンナ、リンナ、あなたが好きだ──そう何度も囁かれながら。
 ロトのように、ただねじ伏せるための凌辱ではない。
 それは男としての屈辱と肉体的な苦痛を味わわされることにはなるが、ある意味、精神的にはそちらの方がまだ気が楽かもしれなかった。
 数えていたわけではなかったが、肌を合わせた回数は既にベルカとの行為を超えているだろう。
 ルツはリンナとの行為を心から望み、行為を通じてリンナを快楽に導こうと探り、見つけてはそこを執拗に責め立てた。14,5の少年の業ではない。
 年端もいかぬ少年にいいようにされる事、それ自体も恥辱と言えばそうであったが。

(殿下……)
(私は、殿下以外の相手との行為で……)
 それも、前を刺激され吐き出した、という単純なものではない。それだけならばまだよかったのだろう。
 後ろを貫かれながらルツの囁きにベルカを重ね、頭の芯が焼き切れてしまうような快楽を、味わってしまった。
(申し訳、ありません……)
 目の奥が熱いような痛いような感覚がある。
 ベルカを他の誰かに重ねるなど、とんでもない行為だ。
 しかもそれが──。
 たとえここを脱出できたとしても、ベルカに合わせる顔がない。
(たとえ、お側にいさせていただくことが適ったとしても)
 今度は、ベルカの言葉にルツを重ねてしまうような事態になりはしないか?
 リンナにはもう、自分のすべてが信じられなかった。
 いっそあの場所でひと思いに殺されていればよかったのか?
 そんなことにまで考えが至り、ミュスカ姫の姿がよぎった。
 首を振り、その考えを振り払おうとする。しかし。
 リンナの望みはすべて絶たれた、そんな気すらした。






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084:言いかけた言葉【いいかけたことば】


「先生……黒が」
 確かに予想はされていたが、まさか本当に裏切るとは思わなかった。そう赤の顔に書いてある。
 静かに頷き、構わない、と言った。
「オルセリート殿下の件は既にベルカ殿下の耳に入れてある。後は待っていればあちらからやって来るだろう。──黒!」
 どこへともなく呼ばうと、交戦の後赤の目前から姿を消した黒が現れた。
「あってめっ! どういう了見だっ!」
 黒はなにも答えず、つかみかかる赤の手を避けようともせず、ただされるがままになっていた。
「いいんだ、赤」
「先生! でも、こいつっ!」
 いきり立つ赤に首を振って見せた。
「私が許可した」
「なっ……!?」
「なにも言わなかったのは悪かった。だが、これも全てベルカ王子をこの誘導に気づかせない為だ」
 重々しく告げると、赤も、言いかけた言葉を飲み込んだ。


 リンナとの再会を果たし、ベルカたち一行は王府を目指していた。
 オルセリートが大病禍に感染したなどと、そんな事を告げられては王府に戻るより他ない。
 エーコなどは『早く治療法について食いついてくれれよかったのに!』等と言っていたが、もしそれが事実であれば、まずは一刻も早く薬湯とシトロンを与えるしかない。
 再三リンナとカミーノの交換を迫ってきた男のもたらした新しい情報は胡散臭くもあったが、普段は落ち着いた様子のその男が妙に慌てた様子でもあるのが気にかかった。
 キリコ=ラーゲンの部下である。もしオルセリートの生命を脅かす何かがあれば、彼らの生活にも支障がでるのだろう。それは明らかだった。
 事態は風雲急を告げた。  






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087:今必要としているもの【いまひつようとしているもの】


 オルセリートが大病禍に罹患したという報が赤の耳に入ったのは、その朝だった。
「なっ……マジ、ですか、先生」
 オルセリートに万一のことがあれば、ベルカが王位を継承するという事態になるかもしれない。
 かもしれない、ではない。順当にいけば、なる。
 純然たる王の子であり、王位継承権の証であるプリムシードも持っているのだから。
「慌てるな赤。おまえは私とともにベルカ王子を王府へお連れするんだ。黒、おまえはオルハルディを連れて後から来い」
 もう多少動かしても大事無いだろう、という言葉通り、オルハルディは杖があればもう平地であれば問題なく歩ける。修道院前で待ち伏せた日よりも、体力はだいぶ回復しているように見受けられた。
「大病禍治療については、ベルカ王子がキーを持っている」
 オルセリート殿下はベルカを巻き込むのをおそれ助けを拒んでいるが、このまま放置しておくわけにはいかない。今王府が必要としているものは、ベルカの持っている知識とその身柄だ。そう続けられ、簡単な作戦が披露された。  






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100:その形【そのかたち】


「オルセリート!」
 扉を破壊せん勢いで開けると、その奥の寝台に身を横たえていた少年が起きあがった。
「ベルカ……? いけない、来ては……きみにまでうつってしまったら……。僕に何かあったら、きみが王に……」
 浅い息の中紡がれた言葉に構わず、ベッドサイドまで歩みを進め、その形を確かめるように細いからだを抱きしめた。オルセリートはもとより体格ではベルカよりも劣っていたが、病のせいか以前よりもなお小柄になったように思えた。
「すぐ……すぐに薬湯を……!」
 新月に頼む、と告げ、ベルカはオルセリートの手をぎゅっと握った。
「ごめんね……ベルカ。僕が、間違ってたみたいだね……きみにはなんにも出来ないって、ずっと騙されて利用されてるだけだって思ってた。でも……キリコの言うとおりだった。人は変わるって……」

 僕はきみの何を知ってたんだろうね、本当に。と自嘲する。
「もっとはやくきみの言葉を素直に受け取っていれば、大病禍もこんなに広がらずに済んだかもしれないのにね……ホクレアは人間だって、きみが僕に言った時があっただろう?……キリコが言ったんだ。きみの協力を仰いだらどうかって。僕はそれも突っぱねた……。あの時にキリコの言うことを聞いていれば、オルハルディにも……そんな怪我、負わせずにすんだのにね。本当に、ごめん……」
 そう言うオルセリートの眦から透明な雫が溢れた。
「ベルカ……僕がこのまま死んだら、ミュスカを……お願い、だ……」
「馬鹿野郎! 洒落にならねーこと言うんじゃねえ!」
 一喝すると、オルセリートは少し驚いたような顔をして、そしてやわらかく微笑んだ。
「そうだね……うん。まだ……やることは山ほどあるんだ。元老から取り戻したら、この国の未来を創りたいんだ……きみと、一緒に」
 オルセリートが初めて、ベルカの手を強く握った。