教育(後編)



「で、では、殿下……失礼いたします」
 少なかったが、男色の者は皆無ではなかった。だが、行為について詳細に問いただすような事はしたことがなかった。男性同士の性交渉ではどこを使うのか、それが唯一の情報だ。そんなところを刺激して快楽につながるのか、と、驚いたことはある。
 その記憶を探り、おそるおそる指先を押しつける。

「っく…痛っ……」
 自ら何かを挿入したことも、もちろん経験もない。その上緊張状態とあり、そこは指1本を差し入れるだけの余裕もなく、固くすぼんでいた。
「殿下、力を入れておられては、余計に痛みが増します。どうか、少しでも……」
 言葉ではそう言いつつも、それが困難であろうことは容易に想像がついた。痛いとつい変に力が入ってしまう。当然のことだ。


「やっぱり、俺じゃダメなのか……」
 ひどく消沈した声音にリンナの胸が痛んだ。
「いえその、女性であっても最初は痛みが伴うものですし……」
 そういう構造のある女性であれど、十分に潤い準備が調っていない状態で挿入しようとすれば、たとえ指であっても痛む、らしい。
 対してベルカのこの部分はもともと潤うような場所ではないし、柔軟性も足りない。
 ふと、状況を打開する事が出来る可能性に思い当たった。アルロンの薬品庫から持ち出した薬のひとつ。
 まさか、使うことになるとは思わなかった。
『毒使いって事になってるし、万一荷物の中身を調べられたときに何の薬も入っていなかったら怪しまれるじゃない』
『荷物に入れておくもののほかに、常に小瓶で懐に隠し持っていた方がいいと思うよ』
 そうしてエーコから押しつけられた小瓶。ほんのりとろみのついた液体が、窓から差す月光を反射する。
 飲ませても塗っても効く、と聞いた。
 得体の知れない薬を飲ませる事への抵抗から、リンナは後者を選んだ。

 中身を掌にあけると、ふわりと芳香が漂った。
 湯浴みの際に使う香油と似た感触。
 これを使えば潤いを補い、緊張を緩めることができるかもしれない。
 指先ですくい、固い蕾の周囲に塗り付け、塗り込む。
「ん……くすぐってー。変な感じ……」
「アルロンの薬品庫の薬です。その……え、[エロス薬]と、書いてあります」
「なっ……!? おまえ、よくそんなの持ってきたな」
「流石に要らないだろうと思っていたのですが、エーコ殿が念のためにと」
 ああ。とベルカが頷いた。納得したようだ。


 ***


「ふ……ぅっ……や、っぱ、痛てぇ、けど……あ、ダメだリンナ、いいから、ぁ……」
 薬の力も借り、だいぶ弛緩と潤滑を得た。羞恥と緊張に染まっていたベルカの身も、いまは。
 だが、それでもそこはリンナのものをくわえこむには狭すぎた。
「っ……いいから、やめんなって! ……そりゃ、痛ぇけど!」
「ですが……」
 何度そのようなやりとりを繰り返しただろう。
「だいたい、おまえのがでっかすぎんだよ!」
「は、はぁ……申し訳ありません」
 アルロンの薬がベルカの全身を巡る。
 細胞のひとつひとつが熱を持ったように、当初はくすぐったさを感じるばかりだった刺激も脳を揺さぶるような悦楽をもたらす。
 即効性の熱に、そのたかぶりは既に苦しいほどで、実際にこじ開けられようとすれば痛いのだが、逃げ場のない身の内の疼きは貫かれることを望み、期待感が足の先から毛先まで満ちているようだった。


「じゃあもういい、おまえ下になれ」
 ベルカの言葉は意外なもので、リンナは一瞬の戸惑いを覚えた。が、頷いた。
「わ、わかりました。どうしたら良いでしょうか?」
 痛みが伴うのは避けられないだろう。だが、ベルカがそれを求めるならばそれもいいだろうと、そう思った。
「ん、おまえは上向いて寝ててくれりゃーいいぜ」
「上、ですか?」
 体格差を考慮すると、先ほど自分がしていたように下肢を抱えあげるのは困難だろう。そんな事を考えつつもリンナは言葉に従った。
 そしてベルカは、リンナの予想外の行動に出た。
「よっ……」
 リンナのものの上にしゃがみこみ、ゆっくりと腰を落とし始めたのだ。
「で、殿下!?」
 慌てて起きあがろうとするリンナを手の動きで制する。
「……これなら、おまえも下がれないだろ」
 
 それからしばらくの間は、リンナにとってある種の拷問だった。
 試行錯誤を繰り返し、その度に苦痛を受け、苦悶の表情を浮かべる。幾度もの制止にも耳を貸さず、ベルカは中断を決して許さなかった。


  ***


 時間をかけ、それでもどうにか先端を飲み込めば、後はそこまでの道のりに比べれば遙かに楽だ。身の内深くに飲み込んだ熱を感じながら、ベルカは息も荒くリンナの胸に倒れ込んだ。
「っい……ってぇ……。信じらんねーマジ痛てぇ……」
 心臓の拍動の度に脈打つ痛みに顔をしかめ、鍛えられたリンナの胸に顔を埋めた。
「はは、すげーどきどきしてる」
 汗ばんだ身体同士がぴったりと密着する心地よさ。自らを飲み込んだままの内壁の熱さ。絡みつく粘膜の感触。そして、いまのこの状況それ自体。
 身体的な快楽だけでない、不思議な感動に包まれ、リンナは思わずベルカを抱きしめ、黒い髪に指を差し入れて梳いた。
 胸に押しつけられたままのベルカの表情は見えなかったが、興奮とはまた違う、湧きあがるような温かさに自分の気持ちを再認識した。
 これまで抱いた何人かの女に抱いたものとも、また違う感慨。触れている部分から広がる幸福感は、何物にも代え難かった。


 ベルカもまた、頭を撫でるリンナの指を快く感じていた。
 あたたかな身体に身を寄せていると、アルロンの薬の狂おしい熱が少しずつ引いていった。
 代わりに訪れたのは、達成感に似た満足と、深い幸福感。
 相変わらず、痛いものは痛いままだけれど。

 キツネの洞窟で、初めてリンナにこころを向けられた瞬間。
 自分のためなら命など惜しくないと、いともたやすく言い切られた時。
 それらの時と少し似た、しかし違う感覚。
 戸惑いも多かったが、自分を認めてくれた、受け入れてくれた、自分を自分として見てくれたことがとても嬉しかったのだ。


 しばらくそのままでいたが、不意にベルカの身体から力が抜けた。
 眠ってしまったのだと思い至り、リンナはそっと掛布をたぐり寄せた。
 結合部は未だかたく張りつめていたが、吐き出したいという衝動よりも、このままこうしていたいという気持ちの方が強かった。慎重に体勢を変え、自身もやがて眠りの淵に誘われていった。


 窓の閉ざされた宮の中に、やわらかな風が吹いた気がした。

 愛しきもの、愛しき世界に--


 ***


 永遠に続いて欲しいと思える夜が明け、朝がやってきた。
「ご命令には従います。しかし、お側を離れても私の主はあなたお一人ですから」

 馬車に乗ってしまったら、今度はもう、再会が適うかすらわからない。近くにいられる残りの時間を惜しむように一歩一歩、石段を下った。 
 

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あとがき的なアレ
ずっとうだうだしてましたがついに結ばれました。
ぶんたおめでとうぶんた
でももっと積極的に行こうよぶんた。登場時の勢いはどうした!