インターミッション



 性急なのはわかっている。
 困らせてしまっているかもしれない。
 だが、そうせざるを得ないのだ。
 時間をかけていては、彼女――マリーベルは――…。


 はにかんだような微笑み。
 日溜まりの中、木陰で安息を。
 一迅の南風がやわらかく頬を撫でる。
 彼女の長い髪がひとふさ風に遊ばれ、舞い上がる。
 穏やかな日々。

 そんな夢想を現実のものにしたければ、急ぐしかない。

 今はまだ、[客を取る]行為はさせていない、と、店の主人は言っていた。
 今はまだ。つまり、いつかはきっと。
 現在は台所の手伝いをしているらしい彼女が、いつその手ほどきをされるのか。
 玄人の技を仕込まれるのか。

 娼妓が下賤の職業だとは思わない。
 けれど、愛しい彼女がほかの男の手にかかると思うと、堪えられなかった。
 自涜の対象にすることさえはばかられるのだ。
 何度夢に見ては飛び起きただろう。
 

 抱きしめた時の、やけに骨っぽい感触を思い出す。
 随分痩せているようだった。苦労も多いのだろう。
 台所仕事をしているようだったが、自身はちゃんと食べているのだろうか?
 リコリスの店、というのは、サナ衛士の間でもそこそこ名の通った優良店だ。娼妓の容姿という点でも、ぼったくりの類が無く明朗会計という点でも、また、派手に不正を働いて問題を起こしたことがないという点でも。
 年端のいかぬ少女を店に立たせたり、素人に毛が生えた程度の娘に客を取らせる事はないという。
 だが、これから、彼女も。

 そう考えると、じっとしてはいられなかった。
 そういった教育が為されるまでにどれほどの期間を要するものかはわからないが、出来るだけ早くするに越したことはない。


 分隊長としての仕事は朝から宵まで続く。
 その間、いちど休憩が挟まる。
 交代の衛士に引き継ぐと、彼は酒場横の広場へと走った。たしか、市が立っていた筈だ。

 目的のものの注文を済ませると、ふと視線を感じた気がした。
「……ん?」
 衛士という仕事柄、逆恨みの標的にされることはままある。腕にはそれなりに覚えがあるが、相手の目的や人数、手段が知れぬうちは用心するに越したことはない。
 ましてや今は、このサナに賊が侵入している可能性があるのだ。
 用心深く周囲に視線を走らせる。
 しかし、それきりおかしな気配は無かった。
「……気のせい、か」
 ひとりごちて踵を返す。
 何しろ、注文したモノがモノである。些か神経質になっていたとしてもさもありなん、というやつだ。


 完成までにはしばらく時間が必要らしい。仕事が終わってから引き取るということで話を付ける。
 休憩の時間を大半使い果たしてしまった彼は、慌てた素振りで串焼きの肉とスープを買い求めた。

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あとがき的なアレ
こんなのろけ、英雄王廟では告解できない…
と思って没にしてたんですが、読みたいと言っていただけたのであっさりうpしました(……)
リンナがプロポーズを急いだ理由的なアレです