年越しの祭り



「今夜はこの街で宿をとるよー!」
 エーコの言葉に、馬車の中の空気が緩んだ。
 表で御者を務めているエーコの苦労も相当なものだろうが、狭い馬車の中でじっとしているというのもなかなかに難儀なものだ。
 馬車を降りて腰を伸ばす。
 周囲を見ると、不思議な活気があった。
「なあ、今日は何かやってるのか?」
「そういえば今宵は年の変わり目の日ですね。このあたりでは大きいまちですから、祭りでもあるのかもしれませんね」
 話しながら振り返ると、ミュスカはシャムロックの膝の上で眠ってしまったまままだ起きない様子だ。服の裾をぎゅっと握りしめている様子に苦笑する。
「悪ィおっさん、ミュスカは任した」
「ああ、俺も姫さんが起きたら祭りに繰り出すから、遠慮はいらねーぜ」
 頷き、ミュスカを抱きかかえて宿に向かうシャムロックと入れ違いに、エーコが中から顔を出した。
「今日は年越しのお祭りをやってるんだって。オルハルディ、マリーベルたんをよろしくね」
「は、はい! 勿論です」
「なんでおまえがリンナによろしくとか言うんだよ……」
 背を伸ばし応えたリンナとは逆に、ベルカは不満顔を見せた。
「えー、だって、今日はお祭りでしょー? マリーベルたんひとりにしたら絶対無事に戻ってこられないもん」
 くすっと笑みを見せる。
「えこたんは疲れたから少し寝んでから行くぅ……」
 お祭りは朝までやってるからそれからでも間に合うし! と手を振り、また奥へと引っ込んだ。
 ポケットの中に貨幣が入っていることを確認し、ベルカはリンナに向き直った。
「んじゃ行くぜっ!」
「はい、でn……マ、マリーベル」

 中心街の賑わいは想像以上だった。
「王府でもねーのにすっげーなー」
「このあたりのまちの住民皆がこのまちに集まっているようですね」
 立ち並ぶ屋台にはそれぞれに人が列び、道を更に狭くしている。中心街とはいえ、実際、道自体は王府ほどの広さではないのだ。
「これでは、お待ちいただくのにもずいぶん時間がかかってしまいそうですね」
「ちょっと離れたらはぐれちまいそうだしな。どこかで落ち合うにしても、こう人が多いんじゃなあ……」
 普通に歩いているだけではぐれそうだ。
 それに先ほどから何人も、じろじろと遠慮のない視線を投げかけてくる輩がいる。離れればおそらくまた絡まれるだろう事を考えてげんなりした。
 今は特に身体に不調もないのだから、町の小悪党レベルならば叩きのめすことは難しくないだろう。が、騒ぎは起こさないに越したことはない。
 ふとある手段に思い至った。
「なあリンナ、ちょっと手出せよ」
「手、ですか?」
 疑問符を浮かべながら差し出された手に、自身の指を絡めた。
「えっ、で、マ、マリーベルっ!?」
 傍目ではっきりそうわかる程に頬を染め、見返すリンナの視線から逃げるように顔を背け、答えた。
「こうしてりゃはぐれも絡まれもしないだろっ! っつかおまえは照れすぎなんだよっ!」
 出来れば、そういう反応はやめてほしい。
 こちらまで、どうにも落ち着かないような、妙な心持ちになってしまう。
 サナでの一件を思い出してしまう。
 感情の矛先をはっきりと向けられた。
 あまりにまっすぐなそれと、彼を騙している事の罪悪感に挟まれて、押し潰されそうだった。
 …でもよ、だいたい、あの時の[マリーベル]も今目の前にいる[マリーベル]も中身は俺だってわかっている癖に、未だにそんな素振りを見せるのはおかしいだろっ!

 そんな事を思いつつこちらまで照れてしまいそうなのを押し隠し、人混みの中をリンナの手を引いて歩く。
 やたらと装飾を施された熊手だの謎の板だの、いまいち使い道がよくわからないものの屋台を匂いに導かれるまま抜けると、目的の場所にたどり着いた。
 たこ焼き、イカ焼き、貝や肉の串焼き等々。
 先ほどまでの妙な気分が吹き飛び、テンションが一気に上がる。短く口笛を吹いた。
「リンナ、片っ端から行くぞ!」
 その様子にリンナも苦笑する。
「では串焼きの肉からですね。味付けは塩ですか?」
「当然っ!」
 手を握ったまま駆け出す勢いで列に続く。


「マリーベル……私はもう……」
「なんだよ、でけー図体してるのにだらしねーなー」
 何店舗制覇しただろうか。
 言葉通り片っ端から屋台に列ぶベルカに付き合い続けていたリンナが音を上げた。
 毒使いとして城へ入るため、極力食事を控えていたところを一気に食べたものだから、普通よりもはやく満腹感を覚えるのは当然のことではあるのだが。
「ま、でもだいぶ色々食ったよな」
 満足した様子の目でリンナに微笑みかけた。
 その時、不意に耳慣れない音が街に響いた。

 ごおおおおぉぉぉ──…ん

 銅鑼をもう少しおとなしくしたような、しかしよく響く音。
「な、んだ?」
 無意識にリンナの手を握る手に力がこもる。
 リンナはというと、その音を不思議に思った様子はなかった。見上げる視線に視線を絡ませると、言外の疑問に答える。
「除夜の鐘ですね。108回のこの音で邪気を払い、煩悩を取り去ると言われています。……私の実家の方でもこういう習慣がありましたが、王府に近づくにつれて大聖堂の力が強くなり、こういった習慣はあまり一般的ではなくなるのですが、ここは珍しいですね」
 もともとはひとつの宗教だったらしいのですが、あまり詳しくは…と言い澱むリンナに、そこまではいいよと手を振った。

 リンゴがまるごと飴でコーティングされているというデザートを買い求め、人混みを避け腰を下ろして鐘の音に聴き入った。体の芯まで響くような、しかし不快でない不思議な音。
 そうして見た目からの想像以上にジューシーなリンゴ飴に、果汁を服にこぼさないよう注意しながらかじりつく。やがて108回目の鐘が余韻を残して鳴り終えた直後、今度は別の音が響いた。
「これは汽笛ですね。年が明けた瞬間に鳴らすということです。衛士隊には港町出身の者も居りましたので話には聞いたことがありましたが……私も、実際に聴いたのは初めてです」
 そこまで説明したところで、ふと表情を引き締めた。
「殿下、明けましておめでとうございま……あ、いえ、失礼しました」
 秋にヘクトルを亡くしている以上、喪中ということになる。それに思い至り、リンナは祝辞を慌てて打ち消した。
「今年もよろしくお願い致します」
「ん? ああ、こっちこそよろしくな」
 対してベルカはそれを気にした風もなく、さらりと答えた。

 先ほど絡ませた指はそのままに、鐘の音が消えてからもふたりはしばらくそうして寄り添っていた。  

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あとがき的なアレ
やっぱり新年らしく平和な話を! なんとか今日中に!
ということで馬車旅中に新年を迎えた設定でのリンベルというかリンマリというか
12月頭に萌えがこうじて勢いで作ったまだ1ヶ月も経ってないサイトですが、
今年もよろしくお願い致します。