拘束(後編)



 薄い下衣を取り去ると、既にその先端は潤みきっていた。光を受けて艶やかにそれを反射する。
「は……リンナ……ッ」
 苦しげなベルカの呻きに頷き、左腕でベルカを支えるように抱きながら、可動範囲は狭いもののこの位置なら使える右手で刺激を与える。自分のものにするよりかは緩やかに、しかし確実に追い立てていく。
 熱に浮かされ、既に焦らされているような状態だったベルカがそれを吐き出すのに、そう長い時間は要しなかった。
 右手で受け、左手ではベルカの背を落ち着けるようにさすりながら、ふう、と息をつく。
「まさかとは思いますが、それで終わりだなんて思っておいでではありませんよね?」
 口を挟んだのは、やはりキリコだった。
「あなたが殿下を貫き、果てるまでですよ。リンナ卿」

 目の前が真っ暗になるようだった。
「なっ……俺だけじゃねえのかよっ!」
 おや、とキリコは意外だとでも言うような表情を浮かべた。
「言ったはずです。この場で殿下を陵辱することが条件、と。それを受け入れたのは殿下、そしてリンナ卿。あなたがたお二人ですよ」

 今の短い間、ベルカの下肢が、性器が他人の視線に晒されているということを思うだけでも苦痛だった。
 貫いて、果てるまで?
 ――昨夜の行為を思い出す。
 飲み込むまでの道のりを。
 その間に見せたベルカの苦痛の表情を。
 滲む涙を。

 果てるまで?
 それは、ベルカが、か?
 いくら薬を多量に投与されているとはいえ、あの苦痛を受け、果てるところまで感じ入る事があろうか?
 それとも自分が、か?
 苦痛を受けるベルカを抱いて、果てることなどできようか?

 考えれば考えるほど、それは無理なことと思われた。

「殿下…、それは…」
 しかしベルカは、両の手でしがみつくようにリンナのシャツを握りしめ、首を振った。
「頼む、リンナ……」
 
 かくして、三度目の覚悟を決めることとなった。

「キリコ卿。ひとつ確認しておきたい」
 いつの間にか用意された椅子に座し、興味深げに見ていたキリコに問いかけた。
「果てるというのは、どちらがだ」
 またも、くす、と笑みを漏らす。
「どちらでも構いませんよ……出来るものでしたらね」
 その時点であなたがたを解放することをお約束しましょう。また、諦める際には『先方』について述べていただければ、すぐにでも。
 滔々と述べられ、吟味する。
 分の悪いのは相変わらずだが、少なくとも条件は把握できた。
 先ほどのように肩すかしを食らうことはもう無いだろう。
 あくまでこの手段を採るというならば。
 自分が進むべき道はひとつだ。
「殿下。お辛い思いをさせてしまう事になるかと思いますが……」
 下肢を投げ出し、自身に体重を預ける格好となったベルカの耳許で囁く。
「こんな形での行為は不本意ですが……、あなたを思慕する心は」
 本物です。
 そんな一言も鼓膜を揺らしてはベルカの思考力を奪っていくようで、ただ何度も頷いた。
 囁くが早いか、そのまま耳に舌先を滑り込ませる。
 昨夜よりも、行動に遠慮がない。
 ひゃ、と短く声を上げるベルカ腰を右腕で抱き寄せ、上衣の下に指を潜り込ませる。
 右手を拘束している枷を繋ぐ鎖は頑丈だが、幸いにも多少の長さはある。可動域が狭ければ、届くところまで抱き寄せれば良いのだ。
 片手が不自由でも、唇が、舌がある。
 少しでもベルカに快楽を。
 少しでもリラックスを。
 少しでも、少しでも、多く。

 後孔を舐められることには流石に抵抗があるようだったが、それを敢えて無視した。
 舌先でつつき、舐り、本来潤いのない部分であるそこを濡らしていく。
 くすぐったさが完全に快楽に変わる頃には、かたくすぼまっていたそこも幾分ゆるみ、小指程度なら容易に挿入が可能なように見えた。
 唾液の潤滑を借りて指を挿し入れる。
 ふ、と呻きが漏れたが、どうやら痛みを覚えたわけではないようだった。
 それを幸いと、中を探るように、入り口を広げるように、ゆっくりと指を動かす。
 慣れた女であれば、どこかに良いポイントがあるはずだ。
 それが男にもあるものかどうか、慣れていないベルカにもあるものなのか、判断はつかなかった。
 どこかでそれが見つかることを、祈るような気持ちで、内部をじっくりと探っていく。
 寝台の外に意識を向けないようにして、リンナはベルカを愛撫し続けた。

「ふ、あぁっ」
 押し殺すような吐息を漏らすのみだったベルカの身体が不意に跳ねた。
 確認するように二度、三度と同じ場所を刺激すると、そのたびにびくんびくんと反応する。
「リ、リンナ、そこ、や、あ、おかし……ッ!」
 艶を帯びた戸惑いの声を上げるベルカの頭を、開いている方の手でそっと撫でた。極力優しい声音で囁く。
「何も……おかしい事はありません、殿下……」
 ひく、ひく、と指をくわえ込んでいる部分が収縮と弛緩を繰り返すのを感じる。
 指をそっと抜くと腰を浮かせ、自らの下衣をずり下ろす。
「いいですか? 大きく息を吸って……そう、5つ数える間、ゆっくり吐いてください。いち、に、さん、し」
 いつつめのカウントが終わる頃には、さほどの痛みも伴わぬまま飲み込まれていた。
「リンナ、おまえ、いつの間に、こんな……」
 まるで手品でも見たかのような、自分の身の上に起きたことが信じられないといった様子の視線を向けられ、頬を掻いた。
「いえその……ちょっとした応用と実践です」
 ――生娘を抱く時の。
 若い時分には、悪友との情報交換や、それこそトト・ヘッツェンやらでそちらの知識を仕入れたものだ。
 いまになって、まさか、こんな状況下でそれが生かされるなどと思いもしなかった。
 苦痛をともなわせることなく、ベルカを抱くことができる。
 アルロンの熱が介在しているとはいえ、それにより快楽を与えることが出来る。
 監視のある状況とはいえ、やはりそれは行幸であった。



「正直、更に何か要求されるのではないかと気が気でなかったのですが」
 本当に解放してもらえましたね、と、リンナが囁いた。
「…見張り付きだけどな」
 応えたベルカは、未だ少し嗄声とふらつきが残る様子であった。
「――殿下。先ほどは申し訳ありませんでした」 
 調子に乗って突き上げて。揺さぶって。
 首にしがみついたベルカが強すぎる快楽の波に咽び、リンナの名を呼びながら果て、意識を手放すまで。
 ベルカは知らなかったが、その時のリンナの慌てふためきようは、それはもう酷いものであった。
「己が満足のため、殿下のお命まで危険に晒すやもしれぬ程の...」
「いいんだ、それは、もう」
 ふと遠くを見るような瞳をして、先ほどの覚えているところまで回想する。
 男同士の性交渉で得られるは、せいぜいが良くて昨夜のような精神的満足感のようなものだと考えていた。
 その探し出された部分を圧された瞬間に、身体にまるで電流を流されたかのように、身が跳ねた。そこからがくりと力が入らなくなり、徐々に、全身に熱が拡がって行く気がした。
 アルロンの薬によってもたらされるものではなく、もっと違う感覚。
 どこかにつかまっていないと、どこかに飛んでいってしまうような、不安感にも似た浮遊感。
 目の前のリンナにしがみ付いた。
 声を抑えるどころではなく、何度も何度も、その名を呼んだ。もしくは、叫んでいたのだと思う。
 そして、腰を掴まれて、揺さぶられて。我を忘れた。

 気がついたら、先ほどリンナが拘束されていた寝台に横たえられていたのだった。
 既にそこにキリコの姿はなく、枷を外され、気遣わしげな表情を浮かべたリンナだけが残されていた。いや、だけ、ではない。見張り役がひとり。

 問題は未だ山積みだが、少なくともリンナの無事が確認できた。

「そうだ、リンナ!」
 ふと、本のことに思い至った。
「おとといの本さ、ちょっと面白い所見つけたんだ…。いっしょにナゾ解きしないか?」
 ともすれば溢れてくる、不安。悪い考えを振り払うように、明るい声を出す。
 小走りしかけて、腰の痛みに僅かに眉を寄せた。  

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あとがき的なアレ
そんなわけで冬コミで発行した「+C リンベル妄想小説本」での新作「拘束」でした。
当初書こうと思ってた話とはだいぶずれましたがそちらはそちらでまたいずれ。