※「真綿の鎖」からほんのり続いております。未読の方はそちらを先に読まれることをお勧めします

手段としての



「……なんだったのだ、さっきのは」
 オルセリートがぽつりと漏らす。
「さっきの、と申されますと……今の[面談]のことでございましょうか?」
 毒使いを装っていた、ベルカの従者との。
「そうだ。他になにがある」
 ただ話をしていた訳でないようだったが、という言葉に薄く笑んだ。
「ああ……殿下以外の者の肌に触れたのがご不満だったのですね。これは失礼」
「そんな事を言っているのではない」
 そっぽを向くオルセリートの前に回り込み、膝を折った。
「お詫びと申しては……今宵は特に尽くさせていただきますので」
 キリコを一瞥したのみですぐに視線を外したオルセリートの手を、失礼いたします。と断り、取る。
「それとも……今すぐに」
 ふたりの視線が一瞬、絡んだ。

「こんなことで……誤魔化されはしないぞ」
 ぱちぱちと暖炉で薪がはぜる音がする。
 そのすぐ前、一人掛けのソファが上着を脱いだオルセリートの体重を優しく支えていた。
「誤魔化すなど」
 シャツのボタンをひとつひとつ外しながら、囁くような所作で耳朶に口づける。
「それとも、殿下にはこれが誤魔化しの手段だとでも?」
 やわやわと歯を立て、問いかける。
 あなたはこんなことで誤魔化されてしまうのですか?
 身体に触れて煽り立てるのと同じように、プライドを仄かにくすぐる。
「さあ、足は暖まりましたか?」
 香油を垂らした湯に浸けてあった右足を丁寧に拭き取り、その甲に口付ける。
「あなたにはどんな病にもかかっていただいては困るのですよ」
 次いで、今しがた水分を拭き取ったばかりの足指を口に含む。くすぐったさからか、その先がかすかに震えた。
 すうと下腿を擦りあげ、指先に少し力を入れて膝を撫でると、息をのむ様子が見て取れた。
「…今日は随分良い反応をなさいますね。私とオルハルディの話を聞いて、興奮されましたか?」
 奥歯を噛んで睨みつける。 
「下らないことを言う暇があったら、その舌を使って舐めろ」
 喉の奥で笑うと、音を立てて指を吸った。
「おねだりですか」
「ぬかせ」
 手足の抹消から、少しずつ核心に近づいていく。
 吐息が、艶を帯びたものになっていく。
「我慢する必要はありませんよ、殿下」
 指先で膝を撫で回し、内股に舌を這わせながら、声を殺そうとするオルセリートを見上げる。
「あなたが望んだことなのですから」
 今ここで、こうしているのは。
「うる、さい……続けろ」
「……承知いたしました、殿下」
 痕を残さない程度に吸い、歯を立てる。
 甘噛みするキリコと、自らの指を強く噛むオルセリート。
「…そうやって、快楽から逃げようとする割には行為を望まれるのですね」
 息を呑み、歯を立て、あるいは身を捩って。
「……ッ、僕が、嫌がるよりも、こうして、奉仕をさせる方が……おまえの癇に触るだろうと思うと、ね」
 笑みを見せようとするが、続く[攻撃]に息を呑んで堪えた。
「成る程……そうですね。…あなたがもっとよがり狂って懇願されるようになれば、興味をなくすかもしれませんね。お試しになりますか?」
 続けて先端を吸われ、短く声を上げる。軽く身を震わせ、高め焦らされた熱を吐き出した。口の中に放たれ、僅かに眉根を寄せたキリコだったが、ハンカチでそれを処理する。
「いや……やめておこう。おそらくそこまでの反応はしたくても出来ないだろう、……僕にも、男色の趣味はないんだ」
 その言葉に、今度はキリコが息を呑んだ。
「殿下……よもや」
 聞かれておいででしたか、という問いかけに、オルセリートは頭を縦に振った。
「……ベルカの話を、聞こうと思ったのだが」
 日頃相手にしている元老の狸爺どもとは違い、オルハルディであれば、妙な誤魔化しをされる事もないだろうと。
 城を離れている間、ベルカは何を見ていたのだろうかと、興味があった。あれほど嫌いだった[アモンテール]をホクレアの名で呼び、計画に正面切って反対するような、何があったのだろうかと。手紙の字に怯えは見られなかった。利用されるにしても、ただ脅されて従っているのではないだろう。
 あの時はベルカに協力の申し入れなど考えてはいなかったが、こんなことになるのであれば。
 キリコが[フランチェスコに繋がる]と目したオルハルディは、オルセリートにとってもベルカに繋がる情報源になり得ると思われた。
 それで、ふと訪ねてみたのだ。
 そこにいたのは、オルハルディともうひとり。
 キリコ。

「……随分と楽しそうだったが、程々にしておくんだな」
「はっ……勿論、計画の妨げにならない程度にはしておきます。ご存じの通り、私にも男色の気はありませんので」
 その答えにキリコのはしばみ色の瞳をのぞき込み、薄く笑みを見せる。
「そうか? ……オルハルディには、ずいぶん執心のように見えたが」
 目を見開いたキリコを眺め、自覚がなかったのか、とぼんやり思った。
 オルセリート自身と同様に知りたいこと、満たしたい[妄執]──ロヴィスコ文書に関する事──を除き、ものごとへの執着が薄いように思えるキリコが、オルハルディにはやけにこだわっているように思えた。
 それはオルハルディがフランチェスコにつながっているからか、それとも──。


(ベルカ……)
 カミーノ。遠い空の下の異母弟を思う。
(本当に無事でいるのかい? 戦いたくない。きみに、会いたいよ)  

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あとがき的なアレ
前回シチュのキリリンの後のキリオルについてTwitterで盛り上がり、
言葉の応酬が書きたかったのと、あと何より
「殿下以外の者の肌に触れたのがご不満だったのですね」そして
「オルハルディには執心」のひとこと(ふたこと)が大変ツボったので間をつなげてみました。