口伝とともに



 若干、脚がふらつく。浮遊感が抜けきらない。やわらかくそよぎ頬に触れる風さえも、未だたかぶりの静まらない身体には刺激となった。
 手すりに助けられながら、塔の階段を降りる。
 眼下には、ふわりとその父親譲りの黒髪を風に遊ばせる少年。
 異母弟。
「なあに? その目」
 ほんの少し、目を細める。
 どうやって表情筋を動かせば、どういう風に見えるかは熟知していた。
「ぼくがそんなにうらやましいの?」
 この家に脈々と伝わる、口伝と手管。
 そのほんの一部を、今まさに父親から受け継いだところだ。
「…………」
 黒髪の少年は応えない。
 そのかわりに、風がふたたび、ふわりと毛先を踊らせた。
 琥珀色の瞳の中には少しのおびえと好奇心、そして、羨望。
 そのすべてをおさえている。おさえようと、している。
 落ち着かない様子でありながら、視線だけはしっかりと合わせる。フランチェスコを捕らえている。
「ナサナエル」
 歌うように名前を唇に乗せると、はっとした表情をした。
「おいで」
 柔らかく微笑む。
「おしえてあげるよ」


 塔の中には、ベッドがひとつあった。
 フランチェスコが飛び乗るように座ると、ふか、と優しくその体重を受け止めた。脱ぎ捨てられた靴を、ナサナエルが慌てて揃えた。
「気にしなくていいよ、そんなもの」
 きゅっと目を細める。
「それより、きみもはやく脱いで、そのブーツ」
「は…はい、フランチェスコさま……」
 その場にひざまづくようにして、足首までスリットの入ったショートブーツを脱ぎ、フランチェスコのものと少し離して並べた。
 ぽんぽん、と自分の隣を叩き、座るよう促すと、ナサナエルはそっとそこに腰掛け、ほんの少し目線の高いフランチェスコを見上げた。
 やわらかくカールする金色の髪。
 紫水晶のような色の瞳。
 吸い込まれてしまいそうなそこから、目を離すことができなかった。
 きれいな瞳。
 父親譲りのいろの瞳。

「じっとしていて」
「えっ……」
 フランチェスコがナサナエルの服に手をかけた。
 身分の低い者が高位の者の召し替えを手伝うことはあれど、その逆はまず無いといっていい。
 このラーゲンの館では、使用人を除いては、離れに住まうナサナエルとその母──父バルバレスコの愛人──が最低位となる。ナサナエルは戸惑いを隠せなかった。
「いいから」
 紫色の瞳が妖しく揺らめいた。
 しゅる、と首もとのチーフを音を立てて外すと、ベッドの下に投げる。
 顎と首の境あたりを、ちろりと舌先でくすぐった。
「ひゃ……」
 くすぐったいようなそうでないような、妙な感覚に肩をすくめた。
 その反応に満足したように、フランチェスコが眼を細める。
「おしえてあげるよ」
 きみのだいすきな、でもきみをみないちちうえが、おしえてくれたこと。


「ひっ……や……ぁ……」
 裸に剥かれてうつ伏せに転がされ、腰に舌を這わされて、手に触れた枕の端をぎゅうと掴む。
 フランチェスコは舌全体を使って舐め、先でつつき、時にはやわらかく歯を立てた。
 その刺激ひとつひとつに身が跳ねる。
 くす、と笑みをこぼした。
「敏感なんだね、ナサナエル」
 脊柱と腰骨の接合部あたりを舐られると、自分のものではないような変な声が出てしまう。
 触れるか触れないか程度のわずかな刺激、指先を膝から内股に滑らされる。
「ナサナエル……きみの背中、すごく綺麗だよ」
 フランチェスコの象牙色の肌とは少し違う、ほんのり紅潮した肌はとても滑らかだった。それはアディン島出身の者独特の肌質。
「────ッ」
 思わず曲げた膝の裏にぐいと手を差し入れられ、用意に転がされる。
 目の端からこぼれる涙をフランチェスコの舌先が舐めとった。
「キモチイイ?」
 この身体が勝手に跳ねる感覚を、動物の鳴き声のような声が出てしまうことを、そう規定していいものかわからなかった。
「よく……わかりま……」
「ふうん」
 フランチェスコが紫色の瞳を揺らめかせ、唇の端をつり上げて笑みの形を作った。
「でもきみのココ、こんなに固くなってるよ」
「やぁっ……!」
 手を添えられた急所は確かに熱を持っていたが、ナサナエルにはそれがどういう状態なのかわからなかった。
 そこに触れたまま、フランチェスコは胸の上で色づく突起を舐った。
 1度2度ではよくわからなかったが、幾度も舌先で押しつぶされるにつれて徐々に甘やかな波がナサナエルを満たしていった。
「ふ……」
 声とも吐息ともつかないそれが口の端からこぼれると、フランチェスコはナサナエルの手を取り、熱を持っている部分に添えさせた。
「……? あの……」
 意図が汲めず戸惑うナサナエルを見て、フランチェスコもまたきょとんとした様子を見せた。が、不意に得心し再び表情に笑みが戻った。
「……ああ。もしかして、まだ、だったのかな」
 いいよ、おしえてあげる。
 そう言うと、ナサナエルの指を折って握り込ませ、その上から自分の手を添えた。
「こうするんだよ」
 ゆるゆるとその手を動かす。
 その刺激は確かに、身体の芯に疼きを誘った。
「ん……ふ、ぁ、やぁ……」
 徐々に追い立てられ、呼吸が乱れていく。
「いまのきみ……すごく、きもちよさそう。とけちゃいそうだよ、ナサナエル……」
 少しかすれたフランチェスコの声が甘く鼓膜を振動させる。耳朶を唇で挟まれ、かかる吐息に背筋がぞくぞくした。
 握り込んだものの先端からはいつしか透明の滴が溢れ、少年たちの手を汚す。
 やがて、初めて放ったものをフランチェスコが舐めとった。
「……ナサナエルのも、まずい」
 その唇を奪い、未だ液体の残る舌を舌に絡めた。味わったことのない独特の風味のそれに、瞬く目尻に涙が浮かぶ。

「……また、おしえてあげるね」
 誘うように眇められた瞳に、思わず頷いた。  

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あとがき的なアレ
エコベルのことを考えていて、
ラーゲンさんちでは口伝と共に性技の手管も受け継がれてるんじゃないかなとか
そんな考えがふっと浮かんだ末のフランチェスコ×ナサナエルです