権利と責任



「なあ、おまえさ……もう傷は良いのか?」
 アルロンの屋敷を出立し、馬車の中。
 いい加減外の景色をただ眺めるのも飽きた頃。
 ベルカ──[マリーベル]の客、もといサナの十月隊の分隊長氏は、もうすっかり傷のことなど思わせない所作をしている。
 ふと気になって問いかけた。

「ええ……背の方は元々浅かったですし、足のほうも、ちょうど腱を避けて刺さっていたのでもう大したことは」
 すぐに治療も受けましたしね、と笑む。
 新月は特に薬師という訳ではなさそうだったが、たしかに治療は的確だった。
「そっか、よかった」
 はにかむような、ほっとしたような笑顔。
「お気遣いありがとうございます、殿下」
 つられるようにして、男も微笑んだ。
 
「なあ、傷口見せてくれ」
 宿に着いてからのベルカの言葉に、男は驚いたようだった。
「その……確かにもう塞がってはいますが、見て気持ちの良いものでは」
 慌てたような男の言葉を遮った。
「いや……俺には、責任があると…思うんだ」
 自分のために負った傷。
 王子とはいえ、何も持っていないのに。
 お人好しなバカな奴。
 でも、だからこそ、せめてそれを直視する責任が。
 ベルカの真剣な目に、男は頷いた。

 上衣の中、キルティングのがっしりとした体つき。日々の鍛錬を伺える、無駄な贅肉をいっさい許さないようなストイックな体躯。その肩胛骨のあたりに、矢傷の跡があった。
「……本当に痛くねーの?」
 おずおずと手を伸ばし、そっとそこに触れた。
「ええその……正直、少しくすぐったいくらいです」
 おそるおそるだった指を、ゆっくりと這わせる。

「ごめん……いや、ありがとな……」
 自然と寄せていた唇で、そこに触れた。
 愛おしむように、慈しむように。


 どくり、と鼓動が高鳴った。
 いやいや、と頭の中で否定する。
 昼間は確かに女装をしているが、中身が少年であることはわかっている。
 しかもこのアゼルプラードのノクティルクス王家第3王子で。
 この方が、邪な意図など持っているはずがない。

 わかっているのに、拍動は収まる気配を見せなかった。  

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あとがき的なアレ
リンナの傷跡にくちづけるベルカが見たかったので!!
しかし背中のほうはともかく、かかとに口付けられそうになったら全力で止めそうですね。