ぬくもり
春を迎えんとするほんの少し前、昼はそのやわらかな日差しが兆候を顕すが、夜はというとむしろ真冬と同等。もしくはそれ以上に冷え込む。
この晩もそうだった。
「寒い……」
何故だろう。寒さは寂しさを増幅させる。
ぬくもりが、あたたかい時以上に恋しいせいだろうか。
掛布の下で身を縮め、右手だけを出して、暗闇の中で息を潜めるようにして見つめていた。
こういう夜に思い返すのは、やはりリンナの事だ。
暖かな胸、広い背中、鍛えられた腕。
吐息に、言葉。心。
リンナとの思い出は、すべてあたたかかった。
「──ベルカたん、起きてる?」
短いノックの後、そっとドアが開けられた。
「エーコ」
身を起こすと笑みを向けられた。
「今夜は特に冷えるね。えこたん寒くて寝付けなくて……ベルカのぬくもりが恋しいよー。ってことで一緒に寝ない?」
既に枕と掛布を手にしている。
目尻に浮かんだ涙を拭い、頷いた。
ベルカの掛布の中に潜り込み、自分が持ってきた掛布をその上に重ねる。
「えへへ、こうしたほうがあったかいよね」
ぎゅう、とベルカの背にしがみつくエーコの手足は、確かに冷えきっていた。
仕方ねーな、とその手を取り、胸の前に回して自分の手で包む。
「──オルハルディのこと、考えてたの?」
「な、どうし、て」
見透かされたようで動揺する。
「……うん、声が少し上擦っていたから……もしかして泣いてたのかな、なんて。ごめんね」
でも、寒かったの……と続けられた言葉に苦笑する。確かに、これだけ冷えきっていれば寒かろう。
「……それにしても、なんでこんなに冷たいんだ? 風呂であったまったよな?」
「うん……テラスに出て、歌を作ってたんだ。星がすごくきれいだったから。で、ノッてたから調子にのって、すっかり冷えちゃった」
あはは、と笑うエーコの手を強く握った。
「あんまり……根詰めるなよな」
薬湯とレモンは欠かしていないとはいえ、大病禍にかからないという保証はないのだ。ちょっとした風邪がきっかけにならないとは言い切れない。
それでもふたりで密着していると、徐々にエーコにも体温が戻ってきた。
「──のに」
ひそやかな囁きは、言葉尻のみベルカの耳に届いた。
「なんか言ったか?」
「ぼくはベルカたん大好きだよー」
苦笑した。
「いきなりどうしたんだよ」
「ぼくもさ……考えてたんだ、さっき。オルハルディのこと。それで、変装した姫君に恋をした男の歌を作っていたんだけど、ラストがなかなか決まらなくて」
「……って、姫君って俺かよ!」
ありえないだろ、いろいろ! というベルカの言葉に、お道化るように答えた。
「えー、だって可愛かったじゃない。マリーベルたんっ! どうせならめでたしめでたしで終わったほうがいいでしょ」
きみたちの歌なのに、そんな風にただ悲恋で終わらせたくないんだ。という言葉は、唇に乗せられることはなかった。
「それでさ……想いはちゃんと伝えないとなって思ったんだ」
「……エーコ?」
それは、いつもの詩人としての整えられた言葉ではなく、まっすぐな。
──リンナが使うような、まっすぐな言葉。
届けば、響く。
「本当はずっと羨ましかったんだ。オルハルディが。あんな風にまっすぐに生きてこられたことが。いつも真剣なんだもん。きみに対してだって、あんなに……。ズルいよね。そんな姿見たら応援せざるを得なくなるじゃない」
でもね、ひとつだけ許せない事があるんだ。
不意に声音が硬さを増した。
「……一番大切な人を守って散った、なんて言ったら聞こえはいいけど、その一番大切な人にとってその人が一番大切な人だったら、残された人はどうなっちゃうのかな。ってさ。その助けられた人の命は守れても、心はどうしたら助けられるのかなって。──だから、めでたしめでたしで終わりにすることも、悲恋で終わらせることも出来なかった。オルハルディが生きていてくれないと、この歌は完成しないんだ」
「無茶……言うなよ……」
鼻の奥が熱くて痛い。
さっき拭った目の端に、涙がまた筋を作るのを感じた。
ぱちぱちと瞬いても、きつく目を閉じても止まらない。
「ごめんね、ベルカ。……聞いていて、辛いと思う」
エーコの腕に力が込められた。
「でもね。そんなにも大事なきみを、いつまでも泣かせているのが許せないんだ。ぼくにとっても、大事なきみを。──だからこそ、ぼくは心の底からオルハルディに生きていてほしいって思ってるんだよ。生きているんじゃないかって。そう、信じたいんだ……」
それきり口を噤んだエーコのぬくもりを背中に感じながら、ベルカは暗闇の中、ただ涙を流していた。
王府よりの使者がカミーノに到着するよりも、少し前のことだった。
あとがき的なアレ
あれ…おかしいな…エコベルを書く予定だったのに…
これ、カテゴリ…リンベルでいいよね…?
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