歴史と過去



「おまえも脱げ、キリコ」
 オルセリートの言葉にキリコはおや、と大袈裟に肩を竦めて見せた。
「ご奉仕させていただくにあたりまして、衣服の着用は障害になりませんので」
 それとも殿下は、私との恋人ごっこをご所望ですか? という言葉に、笑みを返した。
「そう言えば僕が引き下がると思っているんだろう。残念だったな、今日はその手には引っかからないぞ」
 図星を突かれたキリコであったが、動揺は押さえ込んだた。
「そのような……」
「ならば脱げ。これは命令だ、キリコ・ラーゲン!」
 大袈裟に息をついて、ゆるゆると上衣に手をかけた。

「僕の目は節穴ではない。おまえが兄の……フランチェスコの名を口にするときに一瞬視線が揺らぐこと、気付かないとでも思っていたのか」


 分厚い上着と中の着衣を落とし、柔らかなシャツ一枚となる。上質なそれは非常に薄く、中の肌が透けて見えるようだった。
「細いな」
「私は……荒事は不得手ですので」
 薬事技術者は他の者に比べ、体格が劣る。その言葉はキリコ自身の経験からもきていた。
 キリコと名を改めてから薬事技術に手を染めた。身長はある程度伸びたが、筋肉は思うようには付かなかった。
「まあいい。僕としては好都合だ。容易に跳ね除けられることはないだろうからな」

 オルセリートの指示通り、キリコは寝台に横たわった。その上に跨ると、一枚だけ残してあったシャツを肌蹴てその下の滑らかな皮膚に触れた。
「……アディン島出身の者は玉のような肌をしていると、聞いたことがあるが、これほどまでとは……」
 触れた指先に吸いついてくるような、しろくきめの細かい肌。
 その感触を楽しむかのように、オルセリートはキリコの胸骨に沿い2度3度と撫でた。


 組み敷かれた状態で顔をのぞき込まれ、不意にオルセリートの双眸が、幼少の記憶と重なった。
 ──フランチェスコ。
 吸い込まれるような紫の瞳、やわらかな金色の髪。
 オルセリートの瞳はふかい蒼い色をしていて、フランチェスコのそれと比べれば毛質はかたい。
 しかし相違点をいくら並べ立てても、いちど浮かんだその印象は拭えなかった。
「キリコ、何を考えている」
 声をかけられるに至り、ようやく現実に立ち戻った。
「いえ……子供の頃の、ことを」
 明らかな動揺を見て取り、オルセリートは唇の端をつり上げた。
「ナサナエル……だったか。よい名だ」
 オルセリートの揺らめく瞳に、知らず、喉を鳴らした。
「お前がそんなに怯えるなど……、ナサナエル。異母兄にいったい何をされた?」
 拍動がいっそう乱れる。
「この名で呼ばれるのは、過去を思い出さされるか」
 言葉を紡ぎながら舐められ、その複雑な動きに、知らず、肌が粟立つ。
 普段幾重にも纏うた衣服の鎧を暴かれ、幼い子の頃のような心細さが募る。


 先走りが溢れ、根本の茂みをもしとどに濡らす。幾度ものぼりつめる直前までの刺激を受けながら、寸前で止められるという行為を繰り返されて荒く息をつくキリコを見下ろして遂にオルセリートは自身の着衣を払った。
 そして、後腔におさまっていた張り型をも引き抜き床に投げ捨てると、キリコを飲み込んだ。
 
「ふ……どうした」
 キリコのものを深くくわえ込み、オルセリートは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「随分、意外そうな……顔をしているな」
「ふ……ふふ、あなたには本当に驚かされますね、オルセリート殿下……」
 まさか、おひとりで。という言葉に頷いた。
「お前に知られてしまっては、意味がないだろう」
「あちらの……あれの出所は、いったい」 
なぜ城にそんなものが。
「知りたいか、本当に」
 ここは、どこだ。という問いかけに、ぼんやりと答えが思い浮かぶ。
 確かめたいとは思わなかった。
 それに、それどころではなかった。

「ん……ぅ、ふ……」
 流石に慣れぬ腰つきで身をくねらせ、艶を帯びた吐息をついたオルセリートが、不意に身を屈めたと思うと、しろい胸に花弁を散らした。
「で、んか、それは」
 吸われる僅かな痛みがちりちりと熱い。
「虫に刺されたとでも言えばいいだろう」
 言った後から、ああ、それではメイドの首がひとつふたつ飛んでしまうか。とひとりごちた。
「男色ではないと言っていたが、言い訳をする相手がいるという訳でもないだろう」
「それは、まあ」
 いずれはラーゲンの家を継ぐ身。候補は星の数ほどいるが、惹かれる娘がいる、という事実はなかった。
「なら問題はないな」
「問題というのは……──ッ……!」
 首筋から耳朶まで舐め上げられ、そのまま唇に落とされたくちづけ。
 もとより限界寸前だったキリコはオルセリートの中で果てた。
「く……ッ」
 自身の中で何度も繰り返される脈動に、オルセリートもまた放った。
 キリコの胸の上、先ほど散らした紅い花弁とともにしろい花弁が描かれた。


「僕は女装もしていないぞ」
「……かないませんね、あなたには」

 困ったような笑みを浮かべたキリコに、オルセリートは表情を綻ばせた。

BACK





あとがき的なアレ
オルセリートがキリコにRide onする話を書こうと思って書き出して
不意にライロヴィライ(「ただ欲しいから」)と重なり
歴史は繰り返すんだなあと思った次第です。