協定



 ろくに器具もない船の中。
 医術師は背を冷や汗が伝うのを感じた。
 カンフル剤の使用にも限界がある。簡易的な血圧計はそろそろ用をなさなくなる。
 そんなものがなくても、この顔色を見ればわかる。
 血が、足りない。
 ──意を決して、船医室を出た。

「ライツ」
 呼び止められ、口笛を吹く。唇の端を歪めるだけの笑顔を作る。
「医術師じゃねえか。何の用だ」
 囚人の舐めるような視線に瞬間、怯むも、医術師はもういっぽ、距離を詰めた。
「何度も言った通りよ。あなたの血を頂戴」
 ライツはその勝ち気な医術師──コーネリアを壁際に追いつめ、見下ろした。
「何度も言った通りだ。お前が1回ヤらせ」
「好きにしたらいいでしょ!」
 至近でライツを睨みつける。
「あなたになんか頼りたくないけど……あなたしかいないのよ」
 悔しそうに吐き捨てた。

 ロヴィスコの状態は深刻だった。
 大方の傷に対する処置は済んだものの、流れた血の量が多すぎた。
 完全に血色を失っているロヴィスコの横の寝台に、ライツを招いた。
「先日の件で、あなたの血液型が船長と適合するのはわかっているわ。ほかの船員も囚人も、私も……クロスマッチで凝固してしまうの。……今は凪いでいるから自動操縦でも沈むことは無いけれど、船長がいなければ次に嵐や巨大水棲生物が現れたらアウトよ。みんな死ぬわ」
「……そりゃ勘弁、だな」
 真剣な視線に、頷いて右腕を差し出した。
「ただし、俺の血を全部抜いて殺すってのは勘弁してくれよ」
 上椀をゴム管で締め付けられ、僅かに眉根を寄せながら軽口を叩く。コーネリアはライツの肘の内側をアルコールで消毒しながら、横目で一瞥をくれた。
「馬鹿にしないで。私は医術師よ。個人的感情がどうあれ、患者や血液提供者の命を敢えて危険に晒したりはしない。最善を尽くすわ。……一時休戦、といったところかしら。この間みたいに」
 数回擦って血管を浮き出させると、ほとんど痛みも感じさせずに針を刺す。それをメディカルテープで留め、手際よく管を繋いだ。
「約束は、守ってもらうぜ」
 視線は手元の器具に落としたまま、短く応えた。
「ええ」


  ***


 目を覚まし、自分が眠っていたことに気付いた。
「時間ぴったりね」
 その声に身を起こそうとして、自分が寝台に四肢を固定されているのを知る。
「おい……どういうつもりだ」
 部屋の隅に佇んでいるコーネリアを睨みつけた。薄暗い部屋の中で、白衣がやけに浮きあがって見える。
「約束を果たすのよ」
 静かに寝台に近づくと、ライツの顔をのぞき込んだ。
「あなたとの、ね」
 くちびるで弧の形を描くと、ライツの股間を撫で上げた。
「ちょ、おい」
 静止の声を聞かず、まるで患者にそうするように淀みのない手際で紐を解き、腰骨をひょいひょいと操って下衣を引き下ろす。
 萎えた状態のものを掴まれ刺激を与えられ、やがて硬度をもったそれに避妊具を被せられた。


「これで満足?」
 呆気なく達してしまったライツを自身から引き抜き、手際よく避妊具の処理をすると、未だ僅かに上気した頬をしてライツを見下ろした。
 手の拘束だけを解除すると、足枷の鍵を手渡す。
「船長は助かったわ。あなたのおかげよ。ありがとう」
 今度は心からの笑みを向け、コーネリアは部屋を立ち去った。
「……ふ……くくく……」
 無性に笑いがこみ上げてきた。
「……たまんねー……」

 絶対に手に入れてやる。
 そんな思いを新たに、ライツは寝台の上で笑い続けていた。

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あとがき的なアレ
1月21日はライバルが手を組む日ということで、+Cでライバル的な…
とかそういう話の流れになって、ライネリ(ロヴィスコをめぐって)
ということで、何がどうなったらふたりが手を組むのかなとか
鬱エンドを避けたらまさかのネリ様がライツにRide onです。
わたしどんだけRide on好きなんですか