乗船



 ライツから抜き取った血を、ロヴィスコに注入する。
 いくら健康体とはいえ、1リットルも2リットルも採取するわけにはいかない。一滴たりとも無駄にはできない。

 しばらく前。

 船が嵐に巻き込まれ、しかも折悪しくそのタイミングで巨大水棲生物が襲ってきたことがあった。
 至近から生身で爆弾を投擲するというとんでもない無茶をして、船を救ったのはライツだった。
 咬傷からそそがれた毒は血球を破壊し、また血を凝固させにくくする種類のもので、受けた傷も相俟って多くの血液が流れ出してしまった。
 
 そのときにライツに血液を提供したのが、ロヴィスコだった。毒の為もあってか体温が安定せず、血液の次にはぬくもりを。
 一見正反対のふたりには、互いの血が今もなお、少しずつ流れているということになる。

 こまめにふたりのバイタルを観察・記録する。
 死なせるわけにはいかない。どちらも。
 弱々しかったロヴィスコの鼓動が、徐々に力強いものになっていった。検査器具が示す値も正常に近づいてゆく。
 山は越えたかと、息をついた。

 やがて、黒い睫がわずかに震え、ロヴィスコが目を開けた。
「コーネリ…ア……?」
 手をわずかに持ち上げ、そこに繋がるチューブに気付き、ベッドの上に再度落とす。
「血……? ライツ……?」
 未だ意識には霞がかかっていると見え、視線をさまよわせて眉根を寄せた。
 それでも言いたいことはわかった。
 肘に繋がるチューブ。赤黒いそれは中に通っているものの正体を容易に想像させた。そして、ロヴィスコもまた知っているのだ。自分と血液型が合うのはライツだけだと。

「目覚めたのね! よかった」
 そちらのベッドの足下側へと回る。
 視界にコーネリアを認め、ロヴィスコが表情を綻ばせた。
「…あなたを助けるために、ライツとひとつ約束をしたの」
「それは、──まさか」
 はっと息を呑んだロヴィスコに、肯く。
「でも、大丈夫よ。……枷を貸して欲しいの、あなたの」
 まだ持っているわよね、という問いに、首を縦に振った。
「約束を破るつもりはないわ。でも犯されるのは御免だもの」
 だから私が乗るのよ。そう言うコーネリアに、ロヴィスコは一瞬、辛そうな表情を見せた。
「すまない」
「いいのよ」
 気丈に微笑み、コーネリアはロヴィスコの頬に触れ、髪を払って額に口接けた。

 使わなかった分の血を戻す処置を終え、ライツのバイタルが安定していることを確認すると、両手首と両足首をベッドの柵に留めた。
 キャスターのストッパーを外し、隣の個室へと運ぶ。
 薬が切れればすぐに目を覚ますだろう。

 避妊具を用意し、コーネリアが再度個室を訪れると、ちょうどライツが目を覚ましたようだった。
「時間ぴったりね」
「おい……どういうつもりだ」
 ベッドの上から睨めつけられる。
「約束を果たすのよ」
 寝台の隣まで足を運び、ライツの顔をのぞき込んだ。
 結局、使った血は450ml程度だったろうか。その程度なら、健康な成人男性であればまったく問題のない範囲だ。特に具合の悪そうな雰囲気は見受けられない。
「あなたとの、ね」
 笑んで見せると手を伸ばし、一瞬怯む様子を見せたライツの股間を撫で上げる。
「ちょ、おい」
 焦った声を出すライツの制止を聞かず、患者にそうするように手際よく下衣を剥いでいく。
(この状況で、興奮していたら面白かったのに)
 ちょっと残念、という思いをしかし表出はせず、くたりとしたものを握りこんで先端を親指で撫でた。
 わずかに呻きを漏らす。手の中のものに、血液が流れ込んでくるのが感じられる。
 人差し指と中指でカリ首を引っかけ、親指で先端に触れ、そこを支点にしてぐりぐりと回し刺激を与える。
「あら」
 奥歯を噛みしめ吐息を殺すライツに、さも意外そうな視線を向ける。
「我慢するなんてあなたらしくないわね。いくらでも声を出せばいいのに」
「っのアマ……」
 握る手にきゅっと力を籠ると、続く言葉が途切れた。
 溢れだした先走りのぬめりを借り、掌全体を使って鬼頭に強めの刺激を与える。
「っく、ぁ……」
 びくんと腰が跳ね、透明な先走りがまたひとしずく、こぼれた。
 医術師として、人体のことはよく知っている。どうすれば、どこにどのように反応があるか。もちろん人により違いはあるが、大方は個人差の範囲だ。

 ライツが幾度も差し迫った声を上げるに至り、コーネリアは持参した避妊具を手の中で脈を打つ熱に被せた。すっかり呼吸があがり、生理的な涙に潤んだ瞳のライツは、ちょっと可愛いかもしれないと思えた。

 寝台に膝をかけ、上がる。
 あてがうと、手を添えてゆっくりと焦らすように飲み込んだ。
 軽く力を入れ、締め付けながらゆっくりと動く。
 男性がそうするような性急で激しい動きではなく、じっくりねっとりと絡み付くような緩慢な動作。腰を使い、先ほど調べ上げたライツの弱点を狙って特にその部分に刺激を与える。
「ふ……く、ぁ、クソッ……」
 自分が[攻められている]状態に我慢がならないのだろう。悔しそうな声は、しかしはっきりと熱が籠もっていた。その反応に、自身も高揚を覚える。
 既に手で直前まで高められたライツが達するのに、そう時間はかからなかった。
 萎えたものを自身から引き抜き、避妊具の処理をする。跨ったままの状態でライツを見下ろして言った。
「これで満足?」
 ベッドの隅に放り出した下衣を身につけると、そのポケットから鍵を取り出し、手枷を外す。もう片方のポケットからは足枷の鍵を取り出し、手渡した。密室にふたりしかいない状態でこの男を自由にさせておくなど、正気の沙汰ではない。十分に距離をとらなければ。
 ロヴィスコはある程度の信頼を寄せているようだが、コーネリアはそれに倣う気にはなれなかった。
 だが。
「船長は助かったわ。あなたのおかげよ。ありがとう」
 それは、事実。
 微笑んでコーネリアは部屋を後にした。


 扉を開けると、ロヴィスコが半身を起こした。
「コーネリア」
 それでやっと先ほどまでの張りつめていた気持ちが緩んだ。
「乗ってきたわ」
 ベッドサイドの簡素な丸椅子に腰掛けて告げると、チューブの無い方の手でロヴィスコがコーネリアの髪を撫でた。
「すまない」
 その手を握り、頬に口接けた。
「いいのよ……早くよくなってね、ロヴィスコ」
「約束する」
 視線を絡ませあうと、今度はふたりの唇が触れ合った。

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あとがき的なアレ
後日暖を少々と思ったんですが、後日談どころの話じゃなくなりました。
「協定」のネリ様視点な感じです。
ネリ様は強いんですが、ライツが怖くないわけじゃないんですよ!
反撃をされないように、ある程度身の安全を確保し、約束は守るけど優位には立たせないみたいな
ペースは絶対に渡さないみたいな。