春を待つ千日の冬



 の秋を過ごす思いとはかようなものか。リンナは暮れゆく空を眺め考えた。
 を越し、陽は随分伸びた。そう、初めてベルカと会った晩秋と同様には。否、それ以上かもしれなかった。
 月の夕景を眺め、不意に気分がざわつめいた。心臓が早鐘を打つ。
 おきく目を開き、次いで細めて夕暮れの空を見通そうとする。
 に気のせいであってくれれば良い、と、祈るようにして遠くを見据えた。何がそうさせるのかを見極めようと。
 景が。春を思わせるその光景が。
 しすぎる王府ノイ=ファヴリル郊外、アゼルプラードの夕景に目眩がする。
 お、そういうことか。と、突然腑に落ちた。
 に入りきらないだけの広さの外の景色。切り取られていない世界。おそらくはそのせいだ。久しく外に出ていなかったがための感覚。おかしいという錯覚。
 してくれた、太陽宮を脱出してここまで逃れる手引きをしてくれた衛兵に向け、感謝の念を込めた言葉を唇に乗せる。
 おいような、そうでもないような、記憶。自分が初めてベルカ、あるいはマリーベルと出会った時のことをふと思い出す。自分は彼らを逃し、すぐ後に十月隊を辞すこととなったのだが、彼は元の隊に戻るのだろう。咎を受けぬだろうか。
 しろを振り返る。ままならぬ身での移動は助けがあるとて困難で、平時であれば数刻とかからぬ道が遠い。未だ視界にある王城は、夕陽を照り返して赤金に輝いている。
 られる立場というのは歯がゆいものだ。そう思った。いつも何かを護りたいと思い、その思いによって行動していた。
 してただ連絡を待つよりは、それでもずっといい。
 の、ままならぬ身体でも、確かに一足毎にベルカに近づいている、その実感がある方が。ずっと。
 すんで行くしかないのだ。カミーノに向かって。足手まといになろうとも、ベルカの視界の中へ
 自分の存在が、生きているという事実が、伝わったのであるなら一刻も早くそうするべきだと感じた。彼ら助け手が現れたのはちょうどそのタイミングで、差し出された手を、一も二もなく掴んだ。それがどんな結果を、影響をもたらすかなど、考える余裕がなかった。こうして時が過ぎてからじわじわと心が苛まれるのを感じ、それを振り払う。
 [犠牲]などはいかなるものでも出したくない。当然だ。
 だが、それでも護りたいものが、在る。リンナの天秤の上では、ベルカが何より重い。
 キリコ・ラーゲンがカミーノの話を持ち出したのは、自分の傷の回復を待ち、駒としての使用が可能だと判断したからに相違ないだろう。操り人形にされてしまってからの再会では、遅すぎる。
 彼らに咎を負わせる事になっても。
 彼らが追われることになっても。
 わかっている。これはある種の甘えだと。

 だが。

 彼らは言った。自分たちもまた、覚悟を決めてこうして動いているのだと。
 その覚悟を、疑うことも裏切ることも正しくないと、身のうちより告げるものがあった。苛む心を背負う覚悟もまた覚悟。それを知った。思い知った。
 ふたたび、ベルカに思いを馳せる。
 自分が着いていく決意をした際の行動。
 信じられないというような表情をして、逃げるように部屋に戻ってしまった。王子としての扱いをろくに受けていなかったという事は、後に知った。そんなベルカが、自分の覚悟を不意に負わされたのだ。
 それは、さぞ重かったことだろう。今ならば、おぼろげながら想像が出来る。
 作戦も技巧も無かった。ただまっすぐ走ることしか考えられなかった。この方をお守りしたいと、今も変わらぬただその一心だった。

 カミーノの空の下のベルカを描く。
 大病禍の危険は承知の上の行動であろうが、それはいったいどれほどのものなのだろうか。得たのであろう治療法は、どれほどまでに死神の鎌を防げるものなのだろうか。
 

 水門で別れてから、3ヶ月と少し。
 ようやく冬が終わろうとし、春が兆している。

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あとがき的なアレ
2月号ラストの後、な感じで…
しかし、「リンベルで!」と思ったのにベルカガ出てこない件
千冬さんに捧げました。
縦読みとか作ったの久しぶりですw