節分小話



「節分?」
 首を傾げるベルカに、エーコが頷いて見せた。
「そうだよ、1年の厄を払ってまた1年の健康を祈る日なんだ」
 ほら、耳を澄ませてごらん。という言葉に従い、窓をあけるとかすかに『オニハソト、フクハウチ』というかけ声が聞こえてきた。
「ふーん。で、その豆は?」
 ベルカの視線は最初から、香ばしい香りを放つ炒り豆に釘付けだった。
「これを撒くんだよ。ねえ、オルハルディ!」
 隣室に声をかけると、面をつけたリンナが顔を出した。
「その……エーコ殿、この衣装はさすがに……」
 手にしているのは黒と黄色の派手な柄の布。
「えー、鬼の衣装は虎柄のパンツって決まってるのに。まあいいや、じゃあ上着だけ脱いで、それはズボンの上からはくのでもいいよ」
 鬼の面で表情が隠れているのに、あからさまに安堵した様子で引っ込む。ほどなくして再び姿を現したリンナを、ベルカは思わず噴き出した。
「ちょ、なんだよその格好……エーコ、こいつが素直だからって変なこと教えてないだろうな?」
 赤鬼の面に、服は一応着ているもののその上に虎柄のパンツ、そしてトゲトゲのついた棒。
「えこたん嘘は言ってないよー。このあたりの風習なんだよ。それで、鬼役に向かってこの豆を投げるんだ。『おにはーそと!』それから部屋の中にこうして撒いて、『ふくはーうち!』」
 ベルカもやってごらんよ。と升を渡される。
「さあ殿下、豆をぶつけられる覚悟は出来ています!」
 妙に気合いが入っている。ひょっとしたら、こうしてテンションを上げて衣装に対する羞恥をおさえているのかもしれない。
「お、おにはーそと」
 促され、呪文のようなかけ声をかける。が、豆を掴んだ手は握ったままだった。
「……なあ、やっぱやめねー?」
「殿下?」
「どしたの? ベルカ」
 リンナとエーコの声が重なった。
「ん……なんか……」
 うまく言えねーけど、と言葉を継いだ。
「[アモンテール]も邪神の眷族の末裔とか言われてたけどそうじゃなかったし……その、オニってやつも、豆ぶつけて追い払うより、一緒に食べてうまくやってけねーかな、とか」
 ふふ、とエーコが笑む。
「そんなこと言って、ほんとは自分が豆を食べたいだけなんでしょー」
 でもまあ、ベルカらしいよね。と。
「そういうことだから、リンナ、こっちこいよ」
 手招かれてそれに従うと、まだほんのり温かい炒り立ての豆を差し出された。
「一緒に食おうぜ」
 笑顔に釣られるように、リンナも微笑んでそれを受け取った。
「はい!」
「ベルカの場合、豆をまくより何か食べてるほうが福を呼び込みそうだよね」
 知ってる? 笑う門には福来るって言ってね、と、更に続く講釈を制する。
「それより、おまえもさめちまう前に食おうぜ!」
 ぼくが用意したんだけど、と苦笑しながら差し出された升の豆に手を伸ばした。

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あとがき的なアレ
節分で何か書く予定はなかったのですが、ベルカが鬼のかっこしたリンナに
「ぶつけるより一緒に豆食おうぜ!」って言うシーンを唐突に受信したので…