休息



 昨夜までの嵐を抜けると、台風一過の晴天がやってきた。海も凪ぎ、実に穏やかな日のことだった。
 この機会を逃すなとばかりに船医室のバスタオルを煮沸消毒し、さらにマストでそれを日光によく晒し、乾いていることを確認しておろしてたたむと、それらを持ってコーネリアは鼻歌交じりに日差しの降り注ぐ甲板を横切って歩いた。
 ちょうどそこにロヴィスコが通りかかり、山のようなタオルを抱えているコーネリアから、ひょいとその多くを取り上げる。
「あら」
 手伝うよ、と言うロヴィスコの言葉に、微笑んでありがとうと頷く。
 並んで歩きだしたふたりだったが、不意に足下に転がっていた何かに蹴躓いた。
「……こんなところで」
 それは、足だった。
 その足の持ち主は、酒瓶を何かの布でくるんだものを枕代わりに、穏やかな秋の日差しをいっぱいに浴びていびきをかいていたのは、ライツ。
 左腕は上に投げ出し、右手は囚人服の裾から突っ込まれ、腹だか胸だかをぼりぼりとかきむしっている。わずかに眉根を寄せ、何か夢をみているようだった。
「まったく、だらしがないな」
 呆れたように言い、起こそうとするライツをコーネリアがそっと止めた。
「……たまにはいいんじゃない?」
 特に昨夜は夜通しの嵐への対応に追われ、皆疲れている。コーネリア自身もタオルの洗濯が済んだら部屋で一眠りするつもりだった。タオルをマストから外しながら、この暖かな日差しの中で人目を気にせず眠れたら心地よいだろうなと思っていた。それを今まさに行っているこの男が、羨ましくも思えた。
「……でも、この格好はいただけないわね」
 風邪でもひいたどうするのかしら。と、コーネリアは干したてのバスタオルを広げ、ライツにふわりとかけた。
「さ、行きましょ」
 ロヴィスコを促し、船医室へと下りた。


 秋の日が落ちるのは早い。
 船室で目を覚ましたコーネリアが再び甲板へと出ると、凪いだ海を夕日があかくあかく染めあげている最中だった。
 わずかながら風も出ている。
 ふとあることが気にかかり、先ほどとは逆の道を辿った。
 果たして。
 ライツは、まだそこで眠っているようだった。
 日が落ちてからはすぐに冷えてくる。このままでは本当に風邪を引いてしまうだろう。
 二言三言声をかけても目を覚ます気配が無いので、揺り起こそうと身を屈めた。その瞬間。
「っ……」
 不意に白衣の裾を引かれ、バランスを崩してその男の上に覆い被さるように倒れ込んだ。
「放しなさい!」
 即座に身を離して平手で頬を打ち、甲板の上を転がるようにして距離をとる。
「おー痛てぇ痛てぇ。そんなに冷たくしなくてもいいだろ、医術師」
 大げさに痛がってみせるライツに言い放った。
「あなたなんて心配することなかったわね。それよりそのタオル、返してくれないかしら」
 素直に差し出したライツに、しかしこちらに向かって投げろと注文を増やす。空を舞うタオルを掴み、腕で巻きとるようにして受け取った。
「あんただったのか。たまには優しいところもあるじゃねえか。もっといつも優しくしたり心配してくれたりしねえの?」
 唇を歪めて問うライツを睨みつけ答える。
「あら。私はいつも乗員皆を心配しているわよ。たとえあなたであっても、風邪をひかれたりしたら仕事が増えるのは私だもの。誰も怪我をしないように、誰も病気にならないように、いつも祈っているわよ」
 あなたはすぐ無茶をするんだから、特に気をつけなさいよね。そう言ってコーネリアはタオルを携え、来た道を戻った。

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あとがき的なアレ
lynxさんの描かれた、ねんねライツを見て
ほのぼのなひとコマを受信したのでつい…
ベッドじゃなくて甲板ですけど…
枕も酒瓶になっちゃいましたけど…