Ring



「お金ならあるよ。きみが置いていったピアス! 正騎士の禄にしても何ヶ月ぶんか……」
 サナの番兵に渡した指輪に続き、ピアスにも思ってもみなかった値が付くと知り、ベルカはしばし、思いを巡らせた。
「指輪とかピアスってそんなに価値あんのか?」
 エーコに問いかけると、真顔で頷かれた。
「そりゃあ、きみがつけている装身具には本物の宝石がついているし」
 「あとは……プリムシードと……これくらいしかねーけど」
 門で渡したのとは違う指に嵌まっていた指輪をぽんとリンナに渡した。
「そんなもんでいいならいくらでもやる! ……ああもう! そんなに命が惜しくねーなら好きにしろ!」
 ぐ、とその指輪を握り、リンナは即座に迷いなく答えた。
「命など、あなたのためなら惜しくなどございません」

 本心だった。
 この方のために命を使えるなら、投げ出したって一向に構わないと思えた。
 その言葉を聞くや聞かずや、ベルカは部屋を飛び出して行ってしまった。
「あ、殿下!」
 後を追おうとしたリンナを止めたのは、エーコだった。
「大丈夫、ちょっと籠もったら出てくるよ。それより……えーと、名前はなんて言うの?」
 ぼくはエーコだよ、と笑みを向けられ、フルネームを名乗る。
「リンナ・ジンタルス=オルハルディと……」
「そっか、よろしくね。オルハルディ」
 差し出された手を躊躇いなく握った。

「……ところでさ」
 ベルカが出ていった扉にちらりと視線を走らせ、エーコは悪戯っぽい笑みを向けた。
「ベルカって、指輪を渡すっていうのがどういうことかわかってるのかな」
 サナに入るときも門番にあっさり渡しちゃったし、と呟く。
 エーコの言葉で、改めてリンナは手の中のそれが指輪であることを再確認した。不意に浮かんだのはベルカの変装、もっと正確に言うと女装姿で、頬が熱くなるのを感じた。
「あっ、赤くなってる」
 意外とかわいー、とからかうような口調にしどろもどろになって弁解する。
「い、いえその私は……その、し、下心などではなく、純粋に殿下に忠誠を……」
「うんまあ、下心も何も、ベルカも男だしね」
 くすくす笑いながらそれを聞く。
「まあ……男同士でもやることはやれるけど」
 小声で呟き、一瞬だけ遠い目をした。

「……価値があるって言っても、気軽に売れるものじゃないけどね。それなんか特に」
 言われ、改めて指輪を見る。小ぶりのしかし非常に透明度の高い、青い宝石があしらわれたそれには王家を表す双翼の獅子の意匠があった。
「サナに入るとき、やっぱり双翼の獅子の模様が入ってる指輪を通行税がわりに、って門番に渡しちゃって、墓荒らし扱いされちゃったんだよね。きみもよく知っているでしょ?」
 よく知っている、どころの話ではない。
 何せその「墓を荒らした賊の少年」を追っていたのは自分たちサナ衛士だったのだから。
 しかし指輪の件は知らなかった。まさかとは思うがポケットに入れてしまったのだろうか。門番をしていた衛士が、あるいは隊長が。
 隊長になるには相応の家柄が必要だが、逆に言うと相応の家柄があれば力不足でも隊長になることが出来る。
 十月隊も含め、サナ衛士を束ねる立場の隊長は、残念ながらそういうタイプだった。
 そんな人物が同様にベルカ王子殿下から指輪を受け取り、それをポケットにしまってしまっているとしたら……。仮定にすぎないのだが、そう思うと無性に腹が立った。

「オルハルディ? どうしたの、そんなコワい顔して」
 声をかけられ、自身が思考に没入していたのを知る。
「ああ……いえ、なんでもありません」
 いつの間にか握っていた手を開き、指輪をまじまじと眺める。
「お金に換えるなら、それなりのルートを紹介するけど……」
 その申し出にしかし、首を横に振った。
「いえ、私はこれを売るつもりはありません」
 殿下から賜った大切な指輪を。
 試しに手袋を外してみたが、小指にもおさまらず四苦八苦する。そんなリンナを見かねてか、エーコが紐を差し出した。
「これに通して、首にでもかけておいたらどうかな?」
 ホクレアが多用する、植物の繊維をよりあわせた丈夫なものだ。お気遣い感謝します、と受け取ったリンナに、エーコは意味ありげな視線を向けた。
「きみがあんまりに嬉しそうだったから、ね」

 たとえベルカ自身が、その風習を知らなかったとしても、リンナが忠誠を尽くすことに変わりはない。
 そして同時に、淡い想いを抱き続けるだろうことも。

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あとがき的なアレ
ちょっと指輪が増えました←
Twitterで診断メーカーから従者の給料の話になり、
「リンナは今のところベルカのピアスがお給料でしょうか(あれを受け取ったかどうかはともかく)
しかし、リンナにアレを売れるわけないのでお金にはなりませんね…」という
千冬さんの言葉からちょっと萌えの嵐が吹き荒れまして…