「背中の傷」のほんのりつづきっぽい雰囲気です。よろしければそちらを先に読まれることをお勧めします。

壊れぬもの



 ポケットに手を入れると、指先に触れる者があった。
 なんだ? と思って引っ張り出すと、それはくしゃくしゃに丸められた紙片だった。
 先日、リンナに差し出された[辞表]──。
 あの時の事を思うと、今でもぎゅうと胸が痛む。

『私は、殿下の従者として不適格です』
『殿下に対して、不相応な……けして抱いてはならぬ感情をもっております』
 そんな言葉とともに差し出された書簡。リンナが言うところの、不相応な想いというものは、むしろベルカにとっては歓迎したいもので。
 その夜、初めて結ばれたのだ。
 いつもストイックでそんな素振りなど見せたこともないリンナが、自分と同じような想いを、欲を持っていたことに安堵した。
 真ん中から引き裂き丸めたが、そういえば捨てることはせずポケットに入れたのだった。
 要らぬ辞表など暖炉に放り込んでしまおうと思ったが、ふと興味が沸いた。

(そういやあいつ、何書いたんだ?)

 不要になった辞表の中身を読むのは少し気が引けたが、そもそもが自分に宛てられたものだ。リンナがどんな文字を、ことばを綴るのかにも興味があった。一瞬の逡巡の後、ベルカはその中身を引っ張りだした。
「なん……だ、こりゃー……」
 読み進めるごとに、頬が熱くなる。
 頬だけではない。暖炉の火を落としたくなるくらいに全身がカッと暑くなってくる。
 これではまるで、辞表というよりも──恋文だ。

 マリーベルとしてベルカを見初めたところから始まり、徐々にベルカ自身に惹かれていったこと、忠誠を誓った相手に手を出したくてたまらなくなってしまいそうだという、現状。自身を律し続けているが、最近ではこのぐらつきが酷い。いつかたがが外れてしまわぬものか、怖ろしい……という告白。
 二度と離れぬと、永遠の忠誠を近いながらこのような事態に陥ってしまった、詫びの言葉もない。どんな処罰でも受ける覚悟である……悲愴な決意のことばで結ばれていた。
 相談できる者もいなかったのだろう。
 紙に並んだ文字を追っていると、誠実、実直。そんな言葉が似合いすぎるリンナがひとり、思い詰めていく様子がわかるようだった。
 ベルカは丁寧に紙のしわを伸ばすと、それをプライベートな文箱におさめ、立ち上がった。
 今すぐ、リンナに会いたかった。

 ノックもそこそこに扉を開くと、読んでいた本を傍机に置きリンナが椅子から立ち上がるところだった。
「殿下?」
 突然の来訪者の正体を見、驚いたような、それでいて納得したような、不思議な表情を見せた。
「リンナ……おまえ」
 ベルカのために椅子を用意しようとするのを制し、いいから座れ、と先ほどまで座していた場所に座らせた。
 正面からぎゅ、と、リンナの頭を抱え込むように抱きしめる。
 身長差のせいで、立ったままではこれが出来ない。
 しばらくそうしていたが、やがてゆっくりと放した。
 自室でひとりでいたからか、先ほどベルカと夕食を摂った時よりも幾分楽な服装をしている。といっても、上着がないだけだが。
 上着は脱いでいるのにもかかわらず、つけたままだったタイのピンを外し、するりと解く。
「殿下……その、いったい」
「……悪いかと思ったけど、読んだ。おまえの……手紙」
 辞表、という表現は使わなかった。
「ああ、……あれは殿下にお渡ししたものですので、もちろん構いませんけれども……」
 しかしそれと今の状況と、どう関連性があるのかを見つけられず戸惑う様子を見せるリンナに、ベルカは今までは漠然としかわからなかった感情につける名前を見出した。
「……おまえが俺を守ってくれたみてーに、おまえが感じてる不安からは俺が守ってやるから」
 この世で唯一、ベルカにしか出来ないこと。
 その言葉は水のようにリンナの心にしみこんでいった。
「ありがとう、ございます」
 微笑むリンナの頬に触れ、指先でそっとくつろげた首筋まで辿る。
 顎の先に口接けた。
「……なあ、おまえさ……俺が望むんなら抱かれても構わねえって言ったよな」
 耳許で囁かれた言葉に頷いた。
「はい」
 不安が無いとは言えなかったが、ベルカだってそれは同じだっただろう。それに、ベルカと一緒ならば。ベルカを失う事の怖さに比べたら、そんなものはあってないようなものだ。
「おまえみたいにうまく出来るかどうかわかんねーし、おまえを抱き上げたりとかは……出来そうにねーけど」
 先だっての夜のことを思い出すと、身の内にきゅんと切ない灯が点る。その灯が徐々に全身を蕩かしていくような。──リンナにも、あの感覚を味わって欲しい。
「……いつか、おまえを抱くから」
 驚きの表情が徐々にやわらかな微笑みの表情になり。
「──はい!」
 答えたリンナの首に腕を回し、もう一度抱き締めた。

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あとがき的なアレ
千冬さんちの「IF未来シリーズ」の「触れ合う心」を読んで、滾ったり枕を投げつけたくなったり
そんな萌えを吐き出した結果がこれです。世界をお借りして書いたので、いわば三次創作です。

いつかといわず、ベルカは今すぐリンナを抱いて喘がせればいい