流れる先



 円く満ちた月が、海を照らしている。
 いまは穏やかなくらい海は月の光を照り返し、きらきらとひとすじの道をかたちづくっている。いわゆる、ムーンリバーというやつだ。
 不意にロヴィスコはその道を、沖へとただ続く道を歩きたい、そんな衝動に駆られた。
 その思いのままに。
 沖へと続く光の道に。
 足を、踏み出す。

 さらさらしていた砂の感触がきしきしと水分を含んだものになり、やがてちゃぷ、と水が靴を迎える。
 靴に水が入るのも、下衣の裾が濡れるのにも構わず、ロヴィスコは歩みを進めた。

「……おい!」
 不意に後ろから肩を掴まれ、はっと我に返る。
「──ライツ?」
 そのまま手を引かれ、乾いた砂の上に連れられる。
「ライツ、じゃねーだろ。何してたんだ、テメエはよっ!」
 強い語調で詰め寄られ、言葉に詰まる。ふいと目を伏せた。ただの感傷だとわかっている、と前置きしてから語りだした。
「本当に、他に生存者はいないのだろうか、我々だけが生き残ってしまったのだろうか……そう思うと、時に置いてきてしまった本国に申し訳なくなり、なにかに魅入られそうになってしまう」
「……らしくねぇな」
 ライツはぐい、とロヴィスコの制服の飾り緒を引き、襟首を掴んだ。体勢を崩し膝をつくのにも構わず、そこを握りしめてがくがくと揺さぶった。
「バッカじゃねーの。俺らを解放して滝まで下りた、アゼルプラードの船長サマがなに言ってやがんだよ」
 死んでった奴らがテメエの事を恨んでるとでも思ってんのか、と、矢継ぎ早に、吐き捨てるように言葉を投げかける。
「信っじらんねー! テメエがそんな事言っててどーすんだっ! そんなに死にてぇなら俺が殺してやるからそれまで待ってろ!」

 語調は荒いものの、ことばは確かにロヴィスコの身を案じてのものだった。それを感じ取り、襟首を掴まれたままながらも僅かに微笑んだ。
「……そうだな。おまえの言う通りだ。ありがとう」
 素直に感謝の言葉を述べられ、ライツは毒気を抜かれたように瞬目した。
「わ……わかりゃいいんだよ」
 ロヴィスコを解放し、踵を返した。
「俺がおまえを殺すときまで、絶対に死ぬんじゃねえぞ」
 それだけ言い残すと、ライツはアゼルプラードに戻っていった。

 そのまま砂浜に腰をおろすと、ロヴィスコは改めて空を見上げた。
 相変わらず月も星も輝いていたが、先ほどのような感覚にはもう襲われなかった。

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あとがき的なアレ
1月ごろに1P漫画の下描きだけして、画力の限界を感じ放置していたものです
この状況でうpると不謹慎と思われるかもしれませんが
敢えて今、SSとして書き直してうpしました。

大して影響を受けていない地域の私が言うのもなんですが
震災の被害を免れた地方の方は、そのことで気後れとかしないで
いつものように生活して、笑ってくれるといいと思います。