海水スープ



 とてもとても、長い間離れていた気がした。
 一緒に居た時間よりも、離れていた時間の方が長かったのだ。当然といえばそうかもしれない。
 だが、互いのことを常に念頭に置いていたという意味では
 危機は想いの種を発芽させ、会えない時間に想っていた事実はその芽に水を遣るのと同じ事だった。
 夢にまで見た、何度も夢で逢瀬を重ねていた相手がたしかに現実の存在であることを確かめるように抱きしめ合い、身のうちで育てていたその想いが一方通行でないことを確かめるように唇を重ねた。
 リンナの傷が癒えてから、行為に至るまでにはもう時間など必要なかった。
 そして二度三度と行為を重ねていくうちに、力の抜き方も痛みの逃し方も、少しずつ身につけていった。


 溶け合った吐息と水音が響く。
「んぅ……っふ、ぅ……」
 緩徐な動きは挿入時のベルカの苦痛を和らげる為には効を奏したが、すでに結合部の熱さが痛みではなくなった今となっては、それはベルカを焦らし、煽りたてるものだった。
「はぁ……っ、リン、ナ、もっ、と……」
 こんな動きで抑えているのはリンナ自身も辛いはずなのに。もどかしくなって下からぐいぐいと腰を揺らし押しつける。
「はい……、殿下」
 どうやらその意図を読みとってくれたらしく、腰を高いところで支えられ激しく揺さぶられた。
「ふあ、あ、ぁ、ぁぁ……!」
 無理な体勢に骨がぎしぎし言うのも、もう全く気にならなかった。抉られる度に、びくびくと全身が震えるような快楽が押し寄せる。
 時折、その抽挿を止めはせずに、ぐっと身体を曲げて口付けを落とされる。その唇を夢中で貪った。

 いつからだろう。身をひとつに繋げることの充足感のみならず、こうしてずぶずぶと沈み込むような、繋がった部分から蕩けてしまいそうな快楽を得られるようになったのは。
 最初は痛みが先立っていたのだが、リンナと身体を繋げられるのが嬉しかった。確かに痛いは痛かったが、そんなことですむならやすいものだった。全身でリンナを感じたかった。
 しかしやはりというか、リンナの方はベルカに苦痛を強いる事をよしとせず、自らベルカを求めてくる事はまず無かった。
 の、だが。ベルカがそちらで悦楽を得られるようになってからは、リンナも行為に積極的になってきたように思える。
 痛みを伴わずリンナとの時間を心から楽しめるのが嬉しいのはもちろんの事だが、リンナがベルカを抱くことに積極的になってくれたのが、その事以上にたまらなく嬉しいのであった。

 不意にふわり、と身体が浮くような感じがした。
「え……っあ、リンナ、リンナぁ……っ!」
 夢中でその名を呼び、縫い止められているはずのベッドの上から投げ出されないように、シーツを掴んだ指に力を込める。
 わけもわからず出てきた涙で、視界が歪む。
 声を抑える余裕もなにもなく、ただ喉の奥から声が絞り出される。
 リンナが何事か口走っているのがわかるが、ことばの内容を認識できない。
 目尻に温かいものが触れる。零れた涙を舐めとられる。
 不意に、思った。
 浮いているのではない。これは波、だ。
 ベッドが軋んで波に浚われる。いちど引いて高く。高く。高く。
 落ちる──反射的にそう思った瞬間、ひときわ強く抱きしめる腕を感じ、夢中でそれにしがみついた。

 ***

 気がついたら、寝台に横たえられ、掛け布が被せられていた。身じろぎ視線をあげると、隣に横たわっていたリンナが半身を起こし、ほっとした様子で笑みを向けられた。
「お気付きになられましたか、殿下」
「あれ……俺どうして……? 悪り、いつの間に、寝て……?」
 確かリンナに抱かれていたはずなのに、記憶が途切れている。
「すげえ……気持ちよかったのは覚えてるんだけど……」
 首をひねると、言いづらそうにリンナが口を開いた。
「その、殿下は気を失っておられましたので……」
 寝台の上で正座をして手を付く。
「ご無理をおかけしたこと、申し訳ありませんでした」
 慌てて頭を上げさせる。下半身に重だるさはあったが、それで責めるつもりは毛頭無かった。
「馬鹿野郎っ……謝る事じゃないだろ。……気持ちよかった、って言ってんだし。気ィ失っちまうほど……って、なんかハズカしいけどっ」
 いつまでもそんなとこで正座してないで横になれよ、と促すと、リンナは言葉に従った。羽織られた夜着は前を留める紐を軽く結んであるだけなので、容易にそれを肌蹴させると素肌を密着させた。
 身を繋げることによる快楽や満足感は勿論だが、こうしてただ身を寄せあう、穏やかな心地よさもたまらなく好きだった。
 そっと回された腕をぎゅうと掴む。
 心地よく満たされた時間。
 ただひとつだけ、不満な点があった。
「なあ、リンナ」
 名を呼ぶと、返ってくる返事。
「はい、殿下」
 顔を見なくてもわかる、浮かべているのだろう柔らかい微笑みも声音も好きだ。好きなのだ、けれども。
 こういう関係になっていても、ベッドの中でふたりきりでいる時も、リンナはベルカのことを『殿下』と呼ぶ。
 [マリーベル]は迷わずその名を呼ばれたのに。
 そう思うと、自分自身の事ながら妬けてくる気がする。
「そのさ……『殿下』っての、なんとかならねーの?」
 確かに、リンナが誇りに思ってくれるような王子でいたいと思ったが、それとこれとは話が別だ。王族にも、多少のプライベートがあってもいいのではないだろうか。
「俺が目の前にいねえ時とか……、たとえばおまえが王府に居た頃は、『殿下』じゃなくて名前で呼んでただろ?」
 腕の中から見上げると、リンナは瞬目し、肯定した。
「はい……。ベルカ殿下、ベルカ王子……等と呼称させていただいておりました」
 すぐそこに、もうひとりの『殿下』と呼ばれるべき人物、即ちオルセリートがいたのだ。ただその敬称のみで表していては混乱が生じる。当然といえばそうだろう。
「俺には聞かせてくれねーの?」

 どくん。
 寄り添ったリンナの鼓動が、強く早くなるのを感じた。
「ベルカ……殿下」
 頬が熱くなるのを感じ、ぎゅっとリンナの胸に押しつける。その鼓動は相変わらず速く。
「俺から言い出したけど……なんか……すげー、照れるな……」
 これだけ密着していたら自分の鼓動も速くなっているのが伝わってしまうだろうか、などと思いながらも、顔を上げることが出来なかった。

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あとがき的なアレ
オフ本用の原稿では書きつつも、Webにはそういえばしばらくトト・ヘッツェンをうpってないなぁと思い
ヘッツェン! ヘッツェン! と思って書いたらご覧の有様です。