一蓮托生



 トライ=カンティーナ消失の報から幾日が経っただろう。いつしか、ロヴィスコが航海日誌を書き終えるのを待ち、酒を酌み交わすのがライツの、もしくはふたりの日課になっていた。
「まだ終わんねーのか?」
 酒とグラスを手にひょいとロヴィスコの手元をのぞき込む。そんなことをしたとて、識字の出来ないライツには書いてある内容を読み説く事は出来ないのだが。
「よくまあそう毎日、書くことがあるモンだな」
 呆れたような感心したような口調で言う。
「書く内容がある程度規定されているからな。たとえ昨日とくらべてまったく変化がないように見えても、ある程度書く分量というのはあるものだ」
「ケッ、提出先はもう消えちまってねえってのに、ずいぶん無駄なことしてんだな」
 表情を歪めるライツに、ロヴィスコは苦笑して言った。
「何の目印もない海の上では……こうでもしなければ、日にちの感覚も何もなくなってしまう」
 今がいつがかわからなくなってしまったら、船がどちらを向いているかもわからなくなる。これは自分のためでもあるんだ、という言葉に、ライツは興味なさげにふうんと応えた。
 文字を残すという習慣のない身には、どうにもピンとこなかったのだ。


 どこの国とも連絡が取れないというのは、いったい何が起きているのか。どういうことなのか。通信機が壊れているのかもしれないが、何度か上げた狼煙も反応はなく、また他のいかなる船の姿も影も、確認することは出来なかった。
 観測と計算で割り出される現在地から鑑みると、視界に何も入らないというのはあまりにおかしい。多少航路をはずれているとしても、他の船の影ひとつ見ないなどということがあろうか。
 最悪の場合を想定すれば、この世界にはもうアゼルプラードに残された自分たち以外に生きている者はいないのかもしれない。少なくとも、この滝の上には。

「なあ、マジでどーすんだ?」
 杯を重ねる。翌日に残るほどに量を過ごすことは無いが、ほろ酔い加減になれば、舌の滑りも良くなる。
「そうだな……いっそ、滝を降りてみるというのも手かもしれないな」
「滝を降りるだぁ!? 俺は船と心中なんてごめんだぜ」
「心中? まさか、私が死ぬつもりだとでも思っているのか?」
 黙り込んだのを肯定と見て、ロヴィスコは唇の端を吊り上げた。煽るように言葉を紡ぐ。
「みすみす死ぬつもりなど、私には無いよ。滝を降りるのは生きるために、だ。この船と乗組員全員無事に……。心中ではない。一蓮托生だ」
「いちれん……なんだって?」
 耳慣れぬ言葉を聞き咎める。
「一蓮托生、だ。一枚の蓮の葉の上で、生きるも死ぬも一緒……という意味だ。今の私たちにぴったりの言葉だろう?」
 酒精が回り、ほんのり朱に染まった眦を綻ばせて笑む。
「──だから、手を取り合い協力しあうしかないんだ。全員死ぬか全員生きるか……どちらをとればいいかは明白だろう?」
「……綺麗事だな」
 言葉に煽られるように、グラスの中身を呷る。
「みすみす死ぬぐらいなら、俺は躊躇わねーで裏切るぜ」
 グラスを置くとライツは立ち上がり、ぐい、とロヴィスコの手首を掴み膝を割った。
「ッ……今夜はずいぶん性急だな」
 見上げロヴィスコは苦笑する。が、それは長くは続かなかった。強引な口接けに眉を寄せ、しかし差し込まれる舌先に応えて歯列を開く。

 唾液と酒の混じった熱い液体が、喉の奥に落ちていった。

BACK





あとがき的なアレ
たま先生のブログで各キャラのイメージっ花が発表された件で、
ロヴィスコ船長の「蓮」に、Wikipediaで色々調べてうわぁああぁぁぁぁ(萌)となっていたのですが
もしかしてこの「蓮」というのは「一蓮托生」の「蓮」でもあるのではないか と
そんなことを思って書きました。

紙に手書きすることを想定して書いたお話なので短いです!!