素敵なごちそう



「なあ」
 ちゅ、と音を立てて唇を離し、ベルカが問いを唇に乗せた。
「おまえ……さ、初めての時ってどんなだったんだ?」
 訊いて良いものなのかどうか、逡巡する様子を見せながらも。
 リンナは少し驚いた様子を見せたが、すぐにその表情は柔らかな微笑みで彩られた。上がり始めた吐息をおさえ応える。
「抱かれたのは……殿下が初めてです」
 今でこそ行為にも慣れ、すんなりとベルカを受け容れる事ができるが、初めて結ばれたときには勝手が分からず苦労したものだ。
「んと、そうじゃなくて……」
 盛り上がった胸筋の上の、意外なほど無防備にその形を晒す鎖骨に沿って舌を這わせる。軽く歯を立てるとぴくりとその身が反応を示した。
 鎖骨や腰や、意外なところでは膝頭。
 どうやらそういう、皮膚の直下に骨が触れられるところは敏感らしかった。
「おまえ、女を抱いたことくらいあるだろ」
 くらい、とは言ったが、ベルカにその経験があるわけではない。
 自身が娼妓のフリをしていたときの、リンナの振る舞いを思い出しただけだ。
「そう……ですね」
 ふ、と息をつき記憶を辿る。もう10年ほども前のことだ。
「衛士になりたての頃でした。当時の隊長に連れられ、娼館を訪ねました。初めての時は……そうですね。訳の分からぬままに終わってしまいました」
 よくある笑い話とはいえ、胸を張れたものではない。苦笑して頭をかいたが、ベルカは更に子細にわたり質問を続けた。
 なるほど娼館にいたとはいえ、他の娼妓が客を取るところを見ていた訳ではないのだ。記憶を辿りながらぽつりぽつりと答える。明け透けな事を訊かれる気恥ずかしさはあったが、妙に熱心なベルカの質問に、誤魔化しなく返答した。


 ひょっとしてこれは言葉責めの一種だろうか、等という考えがよぎるまでになった頃合、ちょっと待っていろと部屋に残され四半時ほどが過ぎただろうか。
 ベッドに腰掛けたまま先ほど乱された着衣をなんとなく合わせ、未だ消えぬ炎ごと自身の身を抱く。吐息に熱が籠もっているのがわかる。
 
 不意にノックがなされ、間髪を置かずに扉が開いた。
「マリーベルさん!?」
 反射的に口を突いて出た名。ベルカはサナで出会ったときのように、深いスリットの入ったドレスを纏い、薄化粧さえしていた。
「悪り、遅くなっちまった」
 立ち上がりかけたリンナを制する。裾捌きもすっかり慣れたもので、すいすいと足を進めてリンナの居るベッドまで到達した。
「あの……これはいったい」
 事態を飲み込めていない様子のリンナの紅潮した頬に手を添え、くちづける。
「……おまえが他のヤツに色々されたって思ったら、俺もしたくなったから…した事ねーし、うまく出来っかわかんねーけど」
 この方が気分出るだろ! と裾を摘んでみせた。

 

 つい、と出した舌が、照明を絞った部屋でやけに赤い。
「お……お止め、ください」
 自身を握り、恐る恐るその舌で触れようとするベルカに制止の声を上げる。
「されんのが嫌なら止めっけど……ただの遠慮とかで言ってんなら許さねー」
 嫌、である訳がなかった。口を噤むリンナに満足したように、ベルカはその先端を舌先でつついた。
 ぴくり、とリンナの身が震える。
 反応があることを確かめるように、当初は触れるだけだった舌に次第に力が籠められ、果汁を凍らせた氷菓を舐めるときのようにしっかりしたものになっていった。
「……っふ……」
 熱の籠もった吐息が漏れ、ベルカが視線だけを上げてリンナを見やった。
「気持ち、いーか?」
 唾液で濡れたそこは言葉とともに吐き出されるわずかな呼気も敏感に察知し、刺激として伝える。
「はい、殿下……ですがその……このような事は」
 お止めください、という言葉を紡ぐより早いベルカの行動に、リンナはぎゅうと敷布を握りしめた。
「っぅ……ぁ……」 
 自身のものが温かい、むしろ熱いといっても過言でない口腔粘膜に包まれている。先端を口に含んだ、[マリーベル]の格好をしたベルカが、前髪を透かすようにして見上げている。口腔内を占める容量に少し苦しいのか眦に薄く涙が滲み、頬を紅のせいではない朱が彩っている。それはどうしようもなく扇情的な光景だった。
 内なる快楽と、視覚。聴覚からも吐息と水音が混じった音の刺激が、リンナを上り詰めさせていく。
「殿下ッ……殿下、ッく…っ…いけ、ません、このまま、では……ッ」
 ベルカの口の中に放ってしまうことになる。それは避けたかった。
 しかしそんなリンナの様子を見、ベルカは止めるどころか、行為に余計に熱が入る。無理矢理に引き離すことも出来ず、荒く息をつき敷布を握りしめる指に力が籠もる。堪えるのにも限界が見えた、その時。
 一際奥まで含もうとしたベルカが、喉を突いたのか噎せ込んだ。
「殿下!」
 慌てて身を起こしベルカの背をさする。咳はすぐに収まり、ベルカは顔を真っ赤にしたままリンナに笑いかけた。
「もーちょっとって感じだったのにな。残念」
 口で受け止める心算だったのにという言葉に、リンナは首を振った。
「とんでもございません! そ、そのような事をなさられては……」
 何でだ? と小首を傾げ、ベルカはリンナの脚の間、膝のあたりから腿のあたりまで移動し、リンナの目を見据えた。
「おまえだって俺にいろいろしてくれるだろ。気持ちいいようにって。それは、おまえが俺の従者だからなのか?」
「それは、違います」
 はっきりと応える。もとより主君と従者という立場を超えた、悪く言えば領域を侵した関係である。価値基準は別のところにあったし、ベルカが王子でなく、出会ったときの認識のように、今の服装のように、本当に娼妓のマリーベルであったとしても、想う相手の為にあらゆる方面で手を尽くすことに疑問はなかっただろう。
 だが、それはそれ。
 自身がそうすることに迷いはなくとも、されることに一抹の罪悪感、もしくは引け目を感じることは確かだった。
「ならいいだろ。……正直、する前は抵抗あったし、言い出したのは俺だからって意地になってた部分もあるけど……。実際やってみたら、おまえのならいいやって思えたし、おまえが気持ち良さそーにしてるのしてるの見るの、嬉しーし……」
 それに、おまえのってどんな味がするのか確かめておきたかったし、という言葉に今度はリンナが噎せた。
「なんだよっ悪いかよっ!」
 リンナの背をさすりながら視線を反らす。その様がとても愛おしく感じ、腰を抱き寄せた。
 拗ねたように頬を膨らませていたベルカだったが、つと視線を戻すとリンナの唇に自分のそれを重ね、2、3度合わせてリンナの首筋に腕を回し、ぎゅうと抱きついた。
「おまえのことなら……何でも知りてーんだ……そう思っちまうんだから仕方ねーだろ」
 囁くように言葉を紡ぎ、ぐ、と肩を押す。
 さしたる抵抗もなく、リンナの身が寝台に沈む。[マリーベル]の格好をしたままのベルカが、その上に覆い被さるように圧し掛かった。
「おまえと……色々うまいもん食って、最後におまえを食いてーんだ」
 ベルカは本当に味を確かめでもするようにリンナの唇を舌先でなぞり、それから口接けた。
 次第に深くなるくちづけに応えながら、ベルカの背に手を伸ばし、ゆっくりと撫でた。
 甘い夢の続きのようなこの幸福が、長からんことを祈りながら。

BACK





あとがき的なアレ
ヘッツェンが書けない期に突入してたのでリハビリにと。
おいしく召し上がってください