夜を越えて



 いつの間にかすっかり陽が高くなっていた。ベルカはまだ眠っているようだが、これだけ日差しがあれば直に目を覚ますだろう。少しでもゆっくり寝かせておいてやりたかった。
 赤毛の男の隣、安心しきった表情の寝顔にちくりと胸が痛む。
 男がさらりとベルカの髪を掬う様子を見、その様子に思わず微笑が浮かぶ。と同時に、胸の奥にざわめきを覚えた。
 と、その横で帥門の傷の具合を見ていた天狼が抗議──というよりも文句──の声を上げた。
 いつの間にか随分と仲良くなったものだ。大方、十六夜とのことを話すうちだろうと見当はついていた。
「帥門は戦士の誓いを立てていた。そこで死すともかまわぬと」
「えっ! ……それじゃーしょーがねーかも……」
 余計な世話を焼いたと頭を叩く天狼。それを明かしたことに照れる帥門。そんなやりとりが流石に騒がしかったのか、ベルカが目を開けた。
 一瞬、周囲の状況を把握し切れていない様子を見せたベルカだったが、今居るのが荷車の上と知り、これもまた夢であったのかとその瞳に影が差した。
 が。
「殿下、おはようございます」
 同じく荷車の上、居住まいを正した男が挨拶をするに至り、目を丸くした。
「よくお休みでしたね。お疲れだったのでしょう。申し訳ございません」
 男の言葉に、痴れ者逆だ、と胸中だけで横槍を入れる。
 こんな風にベルカがぐっすり眠れたのは、完全に男のおかげだ。
 聖地でもカミーノに下りてきてからも、寝床に入ってもよく眠れない様子で、あまりの憔悴ぶりにこれではいけないと天鼓、彗星と共謀し眠り薬を盛ったことも何度もあった。
 薬による眠りは肉体を休めることは出来ても、精神の消耗を食い止めることは出来ない。
 何度枕を濡らしたのだろう。
 それでも前を見ようと、王子であろうとする姿が痛々しかった。
 なにより大事に想っているのだろう相手を助け出すチャンスに、手伝いの申し出をした折、当初はまるで片意地を張るようにそれを断っていたが、周囲の計らいにより、ようやく動く決断をしたのだ。
 もしこの作戦がうまくいかなかったら、もしくは見捨てていたら、ベルカはいったいどうなってしまっていたのだろうか。想像もしたくない。
 機に乗じて男に抱きつく帥門に苦笑していると、天狼の口から苦笑で済まない言葉が飛びだした」
「なあベルカ、せっかくだから責任取って新月の婿になれよ!」
「おまえは何を言っているんだ」
 だって、と言葉を継ぐ。
「ねーちゃんだって戦士だけど一応女だろ! 顔に傷残ったらただでさえこんなガサツなのにもらってくれる男なんて余計に」
 少しばかり距離がある。迷わずに背に負った弓弦で殴りつけた。
「痛ってー……殴ることねーじゃんブース!」
「すまんな……弟は相変わらず子供で」
 以前と同じような会話。だが違うのは、ベルカが胸のつかえがとれた顔をして笑っていることだ。
「あっ、そんなことよりこのへんで昼メシにしねーか? 魚とりに行こーぜベルカ! おまえはケガしてねーんだろ?」
 そんなことよりってなんだ、と指摘をしたい気持ちもあったが、それではまるで天狼の言葉に乗り気なように見える気がして抑えた。
 鎧を取ってくれ、と男に背を向けたベルカは、本当に楽しそうだった。
 背面一列にずらりと並んだボタン。それを男に外させながら満面の笑みを浮かべている。
 対し、震える指でそれをひとつひとつ外す男は、髪の赤み以上に頬を真っ赤に染めている。いい年の男が頬を染めている光景など、惚れた相手ならばともかく、そうでなければ噴き出してしまいそうですいと視線を逸らした。

 こんな表情を見ることも随分なかった。おまえが心を取り戻してくれてよかったよ。胸中でひとりごちた。 
 惹かれる部分は確かにある。彼とともに在り幸せそうな姿を見て痛む場所も、無いといえば嘘だ。けれど。

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あとがき的なアレ

 ゼロサム11月号のあの事後感……そして「いつも…みたいに」ってどんだけリンナの夢をみてたんだベルカァアァアァァァァッ! ってなったのと、5巻冒頭の描き下ろし部分の「眠るのが怖い 嫌な夢ばかり見るから」のコンボでわたしは……。
 そしてマリーベルさんの背中のボタンはリンナに外されるためにあるとかボタンを外しながら照れるリンナとか騒いでいたらまさかの公式でわたしは わたしは……!!
 この萌えは二次創作するしかないいぃぃぃとなって書きました。
 後半についてもいろいろあるんですけどもとにかくもうこの前半でやられました。センターカラーも素敵すぎてほんとうにきゅんきゅんして時間泥棒すぎて(何時間か見つめ続けた)原稿がすすみません……こまった……