聖地にて



「あなたにも……ご迷惑をおかけしてしまいましたね」
 大病禍にたおれた『侵入者』の兵士、そして他の者の為、十六夜は薬湯の調合をしていた。
 結果的に聖地は大病禍に助けられたことになりはしたが、アゼルプラード人に比して罹りづらいとはいえ、そして死亡率ははるかに低いとはいえ、この病はホクレアにとっても歓迎できたものではない。
 発症した者がいるならば、それなりの対策が必要となる。
 当初は謹慎という扱いだったのだが、そんなことをしているよりも誠意を持って働かせるべきだ、という風に話が転がり、今ここでこうしている。正直なところ、十六夜としてもただ謹慎させられているよりも、こうして身体を動かしている方がよほど良かった。
 天鼓、そして天枢がこの聖地を訪ってから、どれくらいになるだろうか。天鼓が単身、天枢の夭折を報せてからは数ヶ月。石の都の民の血を引きながら、ホクレアの為に尽力してくれた。
 であるのに此度の襲撃のせいで、またも聖地に、石の都の民への猜疑の声が上がっている。そもそも天枢を、そして天鼓を迎えるべきではなかったのではないかと、そんな風に言う者まで出る始末だ。
 天鼓は静かに首を振った。
「いえ……責任の一端は私にあります。それにあなたが良かれと思ってやったことだ。私には、あなたを責めることは出来ません」
 私やヘクトル様という、いわば親ホクレア派である石の都の民の存在を知らしめた張本人ですからね、と苦笑する。
 石の都の民を信じろと言うことも、信じるなと言うことも出来ない。そんな天鼓の苦悩が、心の機微に聡い十六夜にはよくわかった。
 天鼓、そして天枢は間違いなくホクレアのことを考え、動いてくれた。
 だからこそ、この2人との親交があったからこそ、十六夜は石の都の民を信じてみようなどと考えたのだから。
 元来争い事を好む性質ではなかったが、この2人を知らなければおそらく、ただ隠れ住む事を考えていただろう。石の都の民は森を侵す敵だと、それだけを頑なに信じて、歩み寄ることなど考えぬままで。
 天枢の死の折、その死をただ悼みたくともに参じた仲間の何人もが囚われ、傷つけられ、あるいは殺された。
 それでも、そんなことがあっても、まだ信じる道を捨てなかった。それが此度の聖地侵攻に繋がってしまったのであるが。ふたりと出会う以前の十六夜は、石の都の民を無条件に信じるほど、無防備でもなかったのだ。
 十六夜を変えたのが天枢そして天鼓である以、この事態を招いたことに責任を感じていたのだろう。天鼓は拘留された十六夜の元に足繁く通ってくるようになり、そして同時に解放の説得をしてくれていたのだという。
 七ツ天原の薬師である十六夜を徒に繋ぐよりも、その働きで償いをすべきだ、彼に兵士たちを招かせるてしまった自身も以前、薬草を研究する老学者に師事していた経験がある。この事態に応ずるべくそういった働きをしたい、と。
 天鼓はそれを自分から言うことはなかったが、新月からそれを聞かされた際には驚き、そして改めてその人格に惚れ直したものだ。
 「それにしても……何故あなたは……こんなにも、ホクレアに好意的なのですか」
 ふと心に浮かんだ疑問であった。
 石の都の民の間では一般的に、ホクレアはアモンテールと呼ばれ差別、ともすれば忌み嫌う対象である。であるのに何故、こんなにも。
 疑問を投げかけられ、天鼓は手を止めて少し困ったような顔をして首を傾げた。
「そうですね、私は……今はヘクトル様との約束の件もありますけれども」
 本来は、もっともっと以前は。
 以前の大病禍の流行で、コールの幼い弟が命を落としたのは、もう十年近く前のことになるのだろうか。
 治療法を探す決意をして、コンコロルの血を引くある老学者に師事した。人を助けるということ、最大限その相手の助けとなるにはどうしたらいいか、どうするべきか。
 それらを考えることは、それからの人生の指針となった。またその老学者の元でヘクトルとの出会いも果たしたのだ。
 あえて言葉を選ばずに言うと、目的の為ならば手段は何でも良かった。アモンテールなら治療法を知っているというならば、それが邪神の下僕の末裔であろうと学ぶつもりだった。
 そして破天荒すぎる主人は、いかなるフィルターをも捨て、自身の目で見ることにこだわったあげくにホクレアと親交を持つに至った。
 親ホクレアとなったのは結果にすぎない。
 だが、それだけに、フィルターを捨て実態を知れば同様に親ホクレアとなる人が一定数はいるだろうと、そう結んだ。
「ベルカ殿下がまさにそうですね」
 言葉に頷く。十六夜はその変化を間近で見ていたのだ。
「こうして治療を行うことで……少しでも、意識を変えていくことができれば良いのですが」
「そう、ですね。いつかホクレアと……石の都の民とが、対立することなく手を取り合えれば」


 奇しくも、この言葉は数ヶ月ののちに現実となる。

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あとがき的なアレ

 10/16はてんいざの日ということで天鼓と十六夜のお話でした!
 が、まさかの16日遠征中で関東にいないという状況で、遅刻しつつも…

 ヘクトルとコールが初めて七ツ天原を訪ねたときの話、もなんとなく脳内にあるので、そのうち書きたいです。