海の秘蜜



「気持ちよくしてあげるから、私を満足させなさい」
 そう持ちかけたのは、コーネリアの方だった。
 以前一度だけ関係を持ったことがある。ライツはへぇ、と唇を歪めた。
「ロヴィスコだけじゃあ満足できねーってか。なんだ? 早えーのか?」
 直截な言葉に、しかしコーネリアは笑みを浮かべて応えた。どこか遠くを見るような、うっとりとした目をして。
「あの人に抱かれていると、身も心も満たされる気がするわ。……でも、私にはそれだけじゃ足りないの」
 ライツに向き直った視線、その瞳の奥に灯る炎に、ライツは激しく惹かれた。

「ッそ……また手錠かよ」
 今回はそれに加え、目隠しまでされている。
 明かりを落としていない部屋の中では他者の存在がその影によりおぼろげにわかるだろうか。
「言ったでしょ。私を満足させなさいって。……あなたとは、あの人とはとても出来ないような事をしたいのよ」
 ロヴィスコとは出来ないこと。
 秘密の共有を持ちかけられた子供のようにライツの心が躍った。
 へぇ、と唇を歪めてみせる。

 すっとその視界ともいえぬ視界に影が落ちる。
 呼吸を肌で感じられるほどに、コーネリアの顔が近くにある。それに気づくと自然と頬が熱くなった。
「ふふ、あなたってそうしていると可愛らしいわね」
 唇に何かが触れる。コーネリアが舌の先で、ライツの唇をなぞる。焦らすように何度も何度も。
 何か言おうとして唇を開くと、その間隙を狙ったようにその舌先が滑り込む。
 口接けは深いものへと変容していた。いつしかコーネリアの両手がライツの肩にかかり、身を支える体勢になっていた。先ほどの言葉の通り、ロヴィスコとの甘く蕩けるようなそれではなく、情欲をぶつけるような激しさのある口吻は息が切れるまで続いた。
「……さすが、というべきかしら?」
 いわば坊ちゃん育ちのロヴィスコとは違う。下町、スラムといってもいいような場所で育ったライツの手管は、荒々しくも情熱を隠さぬものである。
「ケッ、可愛い顔して……今まで、何人くわえ込んできた?」
 視線は隠されたまま、唇の端が持ち上がる。
「あら。女の過去は興味本位で訊くものじゃないわよ」
 思わせぶりに答え、ベッドに乗り上げた。ぎしりという音とともにマットレスが沈み込む。
 するりと股間を撫で上げられ、僅かに息を飲んだライツの様子を見て満足げな笑みを浮かべる。
 下衣をくつろげるとたちまちに頭をもたげたそれを指先で辿り、握り込まれるに至りライツは熱いため息を吐いた。
 欲望の中心地とでも言うべき、痛いほどに張りつめたそこの先端からは涎のように先走りの液を滲ませていた。それを先端に塗り広げるように触れられて息を詰まらせる。
「何度見ても煽情的ね……ゾクゾクするわ。ねえ、我慢しないで聞かせなさいよ、あなたの声。──あの時みたいに」
 あの時、というのは、ロヴィスコが海獣の毒に倒れたときであろう。
 唯一ロヴィスコと血液型の合うライツが血液の提供と引き替えに、コーネリアに身を繋げることを求めた。
 そのときもこうして、ベッドにまるで縛り付けられるように拘束され、コーネリアが上位となって行為に至ったのだ。
 情交といってよいものかはわからなかった。
 そこに情は、少なくともコーネリアのそれは、介在していないように感じられたのだから。
 警戒を隠しもせず、点滴に睡眠薬を混ぜてまでライツを拘束し、約束は約束だからと、ただそれを果たすために。
 そんな彼女がいったい何を思い、こうして誘い出すまでに至ったのか。惹かれてもいたが、純粋に興味を持ってもいた。
 そんなことを考えた脳を、ぐちゅりという生々しさを持った水音が侵す。くちゅ、ぐちゅり、繰り返される粘度のある水音。
 僅かに残ったライツの思考力が奪われていく。
 そこに更に、毒を注ぐように、コーネリアの声が混じる。
「ねえ、私……しばらく自分でもしていなかったから、……欲しいの……」
 囁く声は甘く切なげで、そして熱を帯びていた。
「ロヴィスコには……こんな風には言えないもの」
 コーネリアが腰を上げる。きしりとベッドが軋んだ。
「あなたの方は、準備は万端よね」
 笑みを含んだ声音で言われ、早くしろと言わんばかりに身を捩る。
 温かく濡れそぼったものが押しつけられ、手でコーネリアの腰を支え突き上げ揺さぶりたいという思いが空回りし、手枷がベッド柵に擦れて不快な音をたてる。それすらも気にかかりはせず、ただ更なる快楽を求め腰が揺れる。
「そんな……焦らないで」
 音を乗せた吐息が注がれるが、そんな事を言っている場合ではない。
 あの時とも違う、焦らされ続けた身体はただ先の展開を望んでいた。
「る……せ、もっと腰振れよ」
 く、とコーネリアは喉を鳴らした。
 どうやら、この行為のタネには気付かれていないようだ。
 海藻の粘りを湯で練り、温度を調整したものをタオルにに塗布し、それを筒状にしてライツの性器を包んでいる。
 この海藻の性質を見つけたときに、思いついたのだ。
 これならば自身に楔を受けることなく、男の快楽を煽り立てる事が出来るのではないかと。
 何故そんな事を考えたのかは明白だった。あの日気付いてしまった。気付かされたのだ。
 ライツを、ある種性的に屈服させることで高揚し、興奮状態になっている自分自身に。
 だが、一度はした事とはいえ、ライツのものを自身のうちに受け入れることには抵抗があった。あの時には理由があったが、今はない。かといって、ロヴィスコを屈服させたいとは思わなかった。あの慈愛に満ちた瞳で見つめられ、優しい指でひらかれていく時間は確かにコーネリアに幸福感をもたらすのだ。

 ライツがその快楽に翻弄され、熱い吐息を漏らす。
 吐息に次第に音が乗っていく。
 そのさまに満足し、手にした筒状のものを持つ手に僅かに力を込め、動きを早くする。
「ふ……くッ……おい……出ちまうぞっ! いいのかっ!」
 前回はあらかじめ装着していた避妊具が、今はない。額にじわりと汗を浮かべたライツが問う。
「いいのよ……そのまま、中に」
 言葉が終わるか終わらぬか。手の中でライツのものが脈動し精を吐き出した。
 短く声を上げ、先ほどまで手枷をがちゃがちゃと慣らし、唯一動かせる腰を半ばブリッジをするような体勢で揺らしていたライツがおとなしくなった。

 種明かしをしたらどんな顔をするのかしら、などと内心で考えつつも、まだその時ではないと理性が止める。
 楽しみは後に取っておこうと言わぬばかりに、コーネリアはライツの視界を明るくするよりも前に簡単に後始末をした。

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あとがき的なアレ

 性杯プレイを書きたくて、ここはりんくすさんにお礼の意味もこめてネリライを! と思ったのですが
 ライツがかわいそうになってしまって本当に申し訳ないです
 種明かし後もコーネリアに誘われて楽しむといいと思います