紗幕を透かす


 どうかしている。
 可愛らしい、なんて言われて、嬉しく思うだなんて。

 修道院で、リンナと交わした言葉。今にして思うとあれは王子として従者にかける言葉などではなかった。純粋にベルカ自身の願いだった。長い、あまりに長い間会えなかった為か、気持ちを抑えることが出来なかったのだ。リンナの返答もまた、それを感じ取ってのことか、ごくプライベートなもののように思えた。

 そうだ、嬉しかったのだ。
 リンナとまた会えて、リンナに名を呼ばれて。森の中で、みつあみも可愛らしい……と面と向かって言われたのはどうにも気恥ずかしくウィッグをはずしてしまったが。それでも、嬉しかった。リンナのまっすぐな言葉は、いつでもベルカの心に響いて染み込む。
 かつて『ベルカ』と『マリーベル』の間で葛藤していた事が嘘のようだった。そんなのは些細な、あまりに些細な問題で、リンナの唇に乗せられた音が自分を指している。リンナが自分を呼んで、求めてくれている。それだけで十分だったのだ。
 『ベルカ』も『マリーベル』も自分を指す言葉なのだから、とうにその中身を知っているリンナが気持ちを向けるのが『ベルカ』だろうが『マリーベル』だろうが同じこと。そう思えるようになって、改めてリンナに自身の気持ちを伝えた。
 リンナのことが好きだということ。かつてリンナに想いを寄せられていることを知っていながら、自身の女装した姿である『マリーベル』に一種の嫉妬のような感情を抱き、素直にその気持ちを受け入れることが出来なかったこと。それを後悔していたこと。この先、ずっと一緒にいて欲しいと思っている、ということ。
 懺悔にも似た言葉をすべて聞き、リンナははっきりとベルカに告げた。自分の気持ちは揺らいでいない、と。
 ベルカにとって、リンナの存在は特別になりすぎていた。捕らえられていたのがリンナではなく、たとえばただの部下であったとしたら。おそらく、あんなにも葛藤することなく迷わず助けに行っただろう。
 強く心を寄せた特別な存在だからこそ、リンナを助けに行くことは王子としてとるべき行為よりも、自分自身の感情を優先することになる、という思考が働き、すぐに動くことが出来なかったのだ。
 おかしいだろうか? ほんの一月ほどの間を共に過ごしただけの相手に、それだけの情を感じるのは。
 それでも、短くても、それはベルカにとってはとても愛おしく優しい、大切な時だったのだ。

 ***

 カミーノからの強行軍でみな疲れているのだろう。ベルカがふと目を覚ました時、宿はしんと寝静まっていた。今宵の宿はなかなか大きいもので、地方領主が王府へ行き来する際に利用されることを見込まれて建てられたらしい。スイートルームの一番奥がベルカの寝室で、樫で作られた重厚な扉を隔てた先に、いくつもの寝台が並ぶ。その真ん中の通路を静かに通り抜ける。居室内はそれでも規則的な寝息が闇を濁していたが、廊下に出ると耳鳴りがするくらいの静寂があたりを支配していた。
 静かに歩みを進めると、突き当たりの窓に月の光が射し込み、廊下に窓枠の影を落としているのが視界に入った。
 特に一人の時には、あまり窓に近づかないようにと釘を刺されている。寝室用に調整された光枝灯の輪郭を浮き上がらせるだけの光に慣れた目には眩しくさえうつる、柔らかな乳白の光。それに惹かれぬではなかったが、今自分に何か起きたら事態は更に深刻になる。その事がわからぬではなかった。
 本当はこうして個人行動をとることも褒められたことではない。わかってはいる、の、だが。
 不意に背後の、廊下が軋む音に振り返る。が、視界を塞がれた。
「!」
 全身に緊張が走る。キリコの部下──鴉の襲撃だろうか? 既にこの宿に忍び込み、ベルカが一人になる機会を窺っていたとでもいうのだろうか。
 いや違う、と思った。鴉と対峙する時の、あの背筋を氷が滑り落ちていくような感覚が、無い。むしろ。
「──殿下、おひとりになられては危険です」
 その声を聞くに至り、ふっと気が緩んだ。
「リンナか……驚かせるなよ」
 視界を塞ぐ手に触れる。温かな甲をなぞり、手首を掴み、身体を半回転させる。と、夜着に上着を羽織っただけのリンナと目が合った。ゆるりと目を伏せると、静かに抱き寄せられた。リンナの体温のぬくもりは、ベルカに安心感と同時に心身の高揚をも与える。
 全身に血液を送る鼓動もはっきりと音として相手に伝わるのではないかと錯覚するほどの静謐の中、吐息と衣擦れの音の他に小さく水音が響いた。
「おひとりのお身体ではないのですよ、殿下」
 甘やかな口接けとは裏腹に、静かながら有無を言わせぬ声音で、言葉が紡がれた。
「ああ……わかってる。ごめん」
 事情を知らぬ者が聞けば誤解されかねない受け答え、その実状はベルカを心の支えとする民の存在を示唆していた。庶子──愛人の子としてぞんざいな扱いを受け続けていた、そして同時に何も出来ぬと積極的に刃を向けられる事もなかった第三王子はもう過去の存在で、今は民の期待を背負う──救世主、とすら称する者まである。
 それはベルカだけの力ではない。カミーノで民の治療に当たることが出来たのはひとえにホクレアの知識と技術、そして彼ら自身が感染と隣り合わせの危険な仕事を請け負ってくれたからだ。
 そして、ヘクトルの王太子旗と衣服、そしてコール率いる王太子直轄領の兵を『拝借』したことによる、ヘクトルへの思いをベルカに重ねさせ、幻想を抱かせるという心理的な操作。これはエーコの歌も大いに後押しした。
 民の信を得、治療を行うためにはそれは必要なことであったのだが、膨れ上がりすぎた幻想は弊害も呼んだ。病が猛威をふるうに従い、風に乗ったベルカの幻想の歌がその範囲を拡大していった。
 リンナの主君であると、そう称するに恥じない王子であろうというささやかな思いがいつしか、街を、地域を、ひいては国を巻き込む大きなうねりになってしまっていた。
 ベルカが望もうと望まざると、もう捨て置かれる立場ではないのだ。
 カミーノでのベルカの話を聞きつけ、王太子に、ひいては王の座に祭り上げようという一部の元老の動き、そしてそれに抗するオルセリート──いや、キリコの元から放たれる鴉。両者の間では、ベルカを自らの力の支配下におこうと小競り合いが続いていた。時には、直接絡め取ろうと実力行使に出ることもあった。
 かつては出自の問題で散々に自らを蔑み、挙句に利用価値があると見て今更に掌を返すような相手を信頼出来るだろうか。特にオルバス公の手など、取ろうと思える筈がなかった。
 ヘクトルを殺し、オルセリートにも何らかの手を加えている様子のキリコも論外だったが。
 リンナの、そしてシャムロックの言によると、大聖堂の僧たちもまたベルカに心を寄せてくれているということだ。ただ彼らが望んでいるのは争いではなく、平穏。それはベルカも求めるものだった。が、下手に手を結ぶなどして、これもひとつの政治的勢力として見られ、どちらかと、もしくはどちらとも敵対することは避けたかった。ただでさえ、既に巻き込んでしまっている。──あのキリコの部下であろう使者の所業を考えると、今更なのかもしれないが。

 今は政争よりも何よりも、蜂起した民を止めるのが先決だ。
 それが済んだら、大病禍の対策。うまく乗じる事が出来れば同時に、出来なければその後に、既に施行されてしまっている『アモンテール』関連のいくつかの法を、取り下げさせる。それから、『アモンテール』──ホクレアは、人であると認めさせる。そこまでの事をしようと思えば、政治に関わるしかない。かといって、ベルカ自身が王位に就くなどという考えには至らなかった。
 きちんと話をすれば、オルセリートはきっとわかってくれる筈だ。生真面目で頑固で融通のきかない部分はある、けれども。

 思いに沈むベルカの髪に、そっとリンナの手が触れた。羽織っただけの上着のうちの夜着の布地をきゅっと掴むと、背に回った腕に力が込められる。リンナの体温はとても、とても心地が良くて、他の何もかもから目をそらして縋りたいような衝動に駆られることがある。
「やはり……ご不安でいらっしゃいますか」
 吐息をほんの少しだけ響かせるような囁き声も、ひろく優しい背も。失うにはあまりに大きすぎたその存在を取り戻し、心を通わせあってからの幾度かのひそやかな逢瀬。身を寄せ抱きしめあい、唇を重ねるだけのささやかなものでも、ベルカにとっては大きな心の支えであり癒しであった。
「心配事が……多すぎんだ」
 頷いて素直に答え、耳と頬をぴたりとリンナの胸に押しつける。少し速い鼓動を聞きながら、ひとつ息をついた。
 とらえどころのない不安が、身のうちからベルカの心を蹴るのだ。かつて王府にいた頃とは異質な息苦しさのような閉塞感が、真綿のようにじわじわと胸を締め付ける。
 やりたいことがいくつもある。それらを実現させたい。けれど、うまく出来るかはわからない。失敗は怖い。何もかもを諦めていた頃には覚えることのなかった、期待を含んだ不安感に苛まれていた。
 リンナの手はただ静かに、宥めるようにベルカの髪を梳いていた。
 その手にもっと触れられたいと、そう願うようになったのはいつの頃からだろうか。

 ***

 静かな部屋に、きゅ、と布を縛る音が響いた。
「殿下……?」
 密やかながらも戸惑いの声を上げるリンナの唇に、人差し指でそっと触れる。
「静かにしろ、な?」
 リンナの目を隠すように頭に巻き付け端を結んだ布。挟まった煉瓦色の髪を丁寧に引っ張り出し、その額に口接けを落とした。
 それから身を起こし、リンナの左手に指を絡める。右手を取り指に唇で触れてから、そっと自身の頬に触れさせる。一番奥のベルカの寝所、窓のない部屋の中。調整されたうすぼんやりとした光枝灯だけが、リンナの輪郭を闇の中、寝台のうえ、ベルカの身の下に描く。
 目が冴えてしまったから寝入るまで伽を申し付けたい、暖炉は落としてあるし、寝台もしばしの間に冷えてしまっただろうから共に居て欲しい……という言葉に頷いたリンナだったが、当然といえば当然ながら、この展開は予想していなかったようだ。
 蝶結びの目隠しも寝台に縫い止めた手も、握っている手首もリンナがその気になれば容易に跳ね除けることが出来る程度のものだ。それをしたのが、ベルカでなければ。
 戸惑いを隠せぬままながらも、頬に触れさせた手がゆっくりと輪郭を撫でる。
 互いの気持ちを確かめることは何度もした。唇を重ねることも。だが、まだ肌を合わせたことは一度もなかった。こういう状況下にあることも一線を越えることがなかった理由の一つだったが、ほかにも要因があった。
「おまえは……負担が、って言ってたけど、俺、初めてじゃ……ねーから」
 言ってしまって後悔する。が、時間を取り戻すことは出来ない。覚悟を決めて続ける。
「だから……」
 リンナの夜着のボタンを外し、首筋に口接ける。鎖骨にほんの少し歯をたてる。
 リンナの左手に絡めていた右手を離し、すうとなで上げる。その下に確かな反応があることを確認し、わずかに目を細め、唇で弧を描いた。
「いい、だろ……?」
 もちろん、経験がある、などというのは嘘っぱちだ。
 そんな嘘をついても、リンナには見抜かれてしまうだろうと思った。だから、こうして目を隠したのだ。
「殿下……?」
 訝しむような声音は、それを疑問視するようで。
(頼む……)
 嘘を嘘と見抜かないで欲しかった。
 たとえ見抜いていても、気がつかなかったフリをしてほしかった。
 真実を覆い隠すための目隠し。
 ひとつ深呼吸をした後、リンナは唇を再度開いた。
「……殿下に、狼藉を働いたものが……?」
 ゆらり、と炎が見えた気がした。やはりこのような嘘をつくべきではなかったのだ。男の自分が、男に抱かれた経験がある、などと。
「望まれない行為を、強いられたのでしょうか……?」
 だが固い声音に滲むのは、蔑みや失望などではなく、純粋なベルカへのいたわり。そして──そんなものは存在しないのだが、無体を働いた者への怒り。
「そうじゃ、ねーんだ。俺が望んだ……おまえやエーコと出会うよりも、もっと前……だ」
 嘘を重ねる。サナで『マリーベル』を演じていたときに似た、そしてそれよりももっと自身の胸を締め付ける嘘。『マリーベル』として王府に向かっていた頃、またキリコを相手に、アルロンの薬の影響を演じたり、リンナを助ける際に周囲を欺いていた時には感じなかった痛み。
 大切な人に対し偽りを述べるというのは、かように痛みを伴うものなのか。そう結論付け、サナで既に自分はこの男に心を寄せていたのか、と今更ながら思い知った。
 不意にリンナが、暗い部屋の中目隠しまで施され何も見えないはずのリンナがベルカの背に腕を回した。
「……もう、それ以上は仰らないでください……」
 私まで辛くなってしまいます、という言葉に、嘘が通用したのかと安堵したのも束の間、リンナの口からはそれを真っ向から否定する言葉が飛び出した。
「そのような嘘を吐かせてしまうほど……思い詰めていらっしゃったのですね……申し訳、ありません」
 痛みを抑えるような声音が、ベルカの胸をいっそう締め付ける。ああ、もう既に悟られていたのか、とぼんやりと考えた。嘘をついていたのはベルカのほうなのに、何故リンナが謝るのか……と。
 温かな掌が背をたどるようにゆっくりと上がり、ベルカの髪に触れ、それをそっと梳いた。
「……それほどまでに想ってくださっていたのに、私にはそれが見えておりませんでした……。あの日からずっと、夢の続きのようで……。こうして視界を遮られたことで、却ってあなたのお心に……直接、触れられた気がします」
 体勢を変えられ、ぎゅうと抱きしめられる。
 ああそうだ、と思った。
 どれだけ目を隠そうとも、こいつには本質が見えているのだ、と。なればこそ、アルロン伯の別邸で明らかに女の格好などしていなかった自分をマリーベルの名で呼び、新月の矢から庇ったのだ。
「殿下が偽りを口にしてまでそのようなご覚悟をされていらっしゃるとは露知らず……、私は……」
 ベルカの頭の下に入っていた腕をそっと引き抜かれ、代わりに羽枕がその下に滑り込まされた。
 すこしかさついた唇で髪に額に、頬に、唇に。耳に、首筋に、鎖骨に、触れられる。
「お姿を拝見することを……お許し願えますでしょうか」
 手を伸ばしてリンナの目隠しを外す。蝶結びで軽く結わえただけのそれは、布の端を引くと抵抗なく解けて落ちた。薄暗い中でもはっきりと光を宿す瞳がベルカを射抜き、ややして伏せられる。ゆっくりと唇が重なる。くちづけはただ触れ合うだけではすまず、その先の行為を髣髴とさせる深い、ふかいものだった。

 ***

 夜明けまではいかほどだろうか。いつまでふたり、余韻に浸りながら寝台で体温を感じていられるのだろうか。
 リンナを、初めて他者を受け入れた場所は熱を持ってひりついたし、普段はしないような姿勢を長く保っていたためにあちこち痛んだが、心は満たされていた。
 極力音を立てぬようにベルカを拭き清めていたリンナがその仕事を終えたのを見て取り、手を伸べる。定められた儀式のように滑らかな所作でリンナはその手を取り、口接けてベルカが空けたベッドの隙間に身を滑り込ませる。そのまま首筋に腕を回すと、今度は唇をゆっくりと重ねた。先ほどの行為の最中の煽るような貪るようなものではなく、ゆっくり時間をかけながらも、穏やかな口接け。
「殿下は……、星の色の鎖という物語をご存じでしょうか? 市井では有名なものでして……その、文字を彫った、輪の形の装身具を贈る、という行為も、その物語が由来となった、と言われております」
 微妙に歯切れが悪いのは、かつてサナでほんの数度会っただけの『マリーベル』相手に該当のものを贈ったからだろう。普段は自制心の塊のようであるが、時にとても思い切った行動に出る。女性用の装身具ゆえに普段つけることはないが、今もそれは大切にしまってある。
 詳しく覚えているかというと自信がないが、幼い頃に読み聞かせられた絵本にそのようなものがあった気がする。勉強熱心でなかったので曖昧だが、聖書にそれに近い物語の記述があったことも。
 それを告げると少し驚いたような様子を見せた。
 
 昔、航路をはずれ船団からはぐれただ一隻、海を漂う船があった。針路を見失い、海の藻屑になるしかないと思われたその船にある晩遣わされた、八角の星を象った装身具。
 それを星の光にかざすと、弾かれた光が一条の線のように何処かを指し示した。光の糸を手繰るように航海を続けたところ、無事その先の陸地にたどり着くことができたという。後にその存在は、航海の守り星として船乗りの間に広まっていった。その伝説をもとに、方位磁針にもそのモチーフが使用されている。
 英雄王もまた、『道』に迷ったときにそうしてステラ・マリスを星にかざしていたのだと、──そう伝えられている。

 ベルカが知っている物語と大筋は同じだ。そう言うとリンナは頷いて続けた。
「そして……『星』を贈り、あなたが迷った時の助けになれますように、そして、その……贈った『星』を持つあなたの元に、それを自分自身が導かれますように、という願いが込められているのです」
 昔は本当に星を象ったものを贈りあうのが主流だったが、いつの頃か教会、ひいては王府側からのストップがかかった、と言われている。現在ではステラ・マリスを象ったものを身につけるのが許されているのは高位の僧侶・尼僧と王族・貴族階級の者だけだ。双翼の獅子のモチーフが王族にしか許されていないのと、同じように。
「そうして庶民の間では星を象った装身具を身につけることは禁止されましたが、星の代わりに、星を表す文字を彫ったものを贈ることが流行したと言われています。今では星に限らず、好きな言葉を彫り込むのが主流となっていますが」
 リンナの話を聞きながら、ベルカは自身の記憶を辿った。城区では珍しいものではなかったが、また英雄王廟のあるサナでは町のそこかしこにステラ・マリスを象った彫刻が施された碑などが建てられていたが、そこから王府に向かう海岸沿いのいくつもの町では、確かに教会付近以外ではついぞ見ることがなかった。
 頷きながらも目がとろんとしてきたベルカに、サナでは衛士が観光客相手にそこまで説明することもあるのだと応え、どうぞお休みください、と手を瞼の上にに乗せた。そこからじんわりと温度が伝わり、目の奥から楽になっていくとともに、睡魔の誘いが強くなってくる。寝ている間も離れるのは許さないとでも言うように、リンナの夜着を掴んだ


 ベルカの呼吸が寝息に変わった頃、リンナは穏やかな笑みを浮かべ、ぽつりと囁いた。
「あなたに初めてお会いした瞬間から、あなたが私の『星』に違いないと、確信に近い感覚を得ていました」
 ──あなたを帰る場所としたい、という、分不相応な願いを抱くほどに。
 時にとても愛らしく、時にとても頼もしい、忠誠と愛とを誓った大切な存在。
「強運を実感することはままありましたが……、殿下という星に導かれていたのでしたら、それも当然のことなのでしょうね」
 これから先、もしまた離れることがあっても、見えない鎖を辿り帰ってこられるだろうと、不思議とそんな確信があった。
「もう、おそばを離れるつもりは……ございませんが」
 誰に言うともなく呟いた言葉も、明け方前の闇にゆっくりと溶けて消えた。






 

BACK





あとがき的なアレ

 2011年の夏コミ発行リンベル合同誌「Blind」に掲載した原稿です。
 2012年夏時点で再録/Web掲載OKになっていたのですがサボってました。
 「目隠し」をテーマに5人それぞれがそれぞれの解釈でリンベりました!
 ちょうど6巻の終わり〜7巻最初くらいが本誌に掲載されていた頃で
 プロポーズシーンに滾りつつ書いたのがよくわかります!