caution


一目見て、容姿を気に入ったのは確かだ。
それまで人付き合いで訪れた事はあったが、自分から進んで足を運んだ事の無い場所。
そこに彼女はいた。

何度も女主人に彼女の事を尋ね、ようやく対面して話が出来たと思ったら、実は『彼女』ではなく『彼』で、仕事で探していた容疑者で。
その上、本当に王子殿下だったのだからどうしようもない。
──ない、と思おうとした。

話に聞いただけの彼の行動と、直接目にした気迫と言動。
生まれ育ちや性別よりもあの方自身に魅かれた。
同時に、自らの内に一線を引いた。

「なぁリンナ?」
王宮への潜入に向けた計画のために着ていた侍女服から普段のお召し物に戻られたベルカ王子に付き従い、廊下を進むリンナに突如掛けられた声。
「何でしょう?」
立ち止まり首を傾げるリンナに、少しだけ言い難そうな表情を見せる。
「何かさ、お前が敬語なのはもう癖みてーなもんだと思うんだけど……」
僅かに言葉を探す仕草と消え行く語尾に耳を澄ませた。
王子殿下はいい言葉が見つからなかったのか、一つ頷いてから切り出した。
「『マリーベル』と『王子』で、距離違くねえ?」
「えっ!? そう、でしょうか……」
自分としてはどちらとも同じつもりで接しているのだが。
勿論、役割として距離を変えねばならない時を除いて、になる。その事を指しているのかと口に出してみるが、そうではないと首を横に振られた。

「どっちかっていうと逆。 『マリーベル』の時の方が遠い。 それじゃ怪しいからせめて今と同じくらいの感じにしてもらいたい」

指摘された内容にぐらりと眩暈を感じたのは気のせいではないだろう。

自覚は、無くはなかった。

身分や立場の差がはっきりしている『王子』の側にいる時はこれまで培っていた常識に照らし合わせて行動すればいい。
けれど『マリーベル』はそうもいかない。

だからこそ、『彼女』と行動を共にする時は慎重になっていた。
守れる距離にいられるように。近付きすぎないように。

「……善処、します」
期待の眼差しで見られてしまえば、それだけを言うのがやっとだった。

『彼女』に対する警告は発せられる間もなく。

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夏コミの折に「差し入れ」としていただきましたありがとうございます!
基本的にBLカプSSを書かれないおーみさんの、このほんわりにおわせる感じが
とても! とても! きゅんきゅん!! 萌えます!!!
こうして思い悩み、そっと距離をとったり、
それに気付かれて腕を掴んでぐいっと引き戻されたり
リンベルにはそういうのが凄く似合うと思います。

素敵な作品をありがとうございました!