拘束(前編)
簡素な寝台に拘束され、同じ質問を幾度も幾度も、浴びせられる。
そのたびに同じ言葉を繰り返す。
どれだけの時間が経っただろうか。不意に、扉が開けられた。
「キリコ様!」
先ほどからリンナに質問を繰り返していた男がそちらに向き直る。
「……なるほど、何度たずねても齟齬はない……か。やはりこれ以上は調べようもないな」
ひとりごち、寝台の上のリンナに視線を合わせる。
「怪我の具合はどうだ? リンナ卿」
「キリコ卿……次は私を拷問にでもかけるおつもりですか?」
多少であるが訓練は受けている。そんなものには絶対に屈服するものか。身構えた。
「肉体的な苦痛を与えるだけが拷問ではない」
しかし、キリコは薄く笑みを浮かべ、扉の外に控えていた兵士に声をかけた。
「殿下をこちらへ」
兵士が頷き合図をすると、寝台しかないこの部屋にベルカが足を踏み入れた。
幾分ぼうっとしたような、しかし少なくとも酷い怪我などをした様子はない姿にリンナは心底、安堵した。
「……殿下! よくぞご無事…で…」
起き上がりかけたが、ベルカが勢いよく寝台に足をかけ、のし掛かる勢いに押され、逆に背をベッドにつけることとなった。勢いのままリンナの肩を抱くが、体格差のため肩にしがみつくような格好となった。
「リンナ……おまえ、ケガは!?」
その姿勢が一昨日の夜の出来事を彷彿とさせ、思わず頬が熱くなるのを感じた。
「…あ…いえ、かすり傷です。大したことはーー…」
それは事実だった。
足場が悪く難儀したのは相手もまた同じこと。杖のみでは分が悪かったが、どうにか刃で傷つけられることからは逃れた。
「…本当に?」
言葉に頷くと、ベルカはキリコに向き直った。
「…おい、この鎖を外せ! これ以上こいつに危害を加えることは許さない!!」
応えたキリコは、心底楽しそうな笑みを浮かべていた。
「それはもちろん…。ですが…その前に、お二人にひとつお伺いしたいことが…」
ホクレアのことだろうか。それともミュスカか。
ふたりは一瞬視線を合わせ質問に身構えたが、それはふたりの予想を斜め上に行った。
「まずは先方という人物についてですが...その前にベルカ殿下、一昨日の晩にあなたの宮で…、呻き声のようなものが断続的に聞こえていたという報告についてですが…」
一昨日の晩。思い当たることがあり、はっとして身を離す。
「――な、なんで」
「なんの…お話でしょう」
肯定こそしなかったが、動揺は隠せなかった。
その反応に、キリコは声を立てて笑った。
「……間違いないようですね。お二人ともウソのつけない方で助かりました」
ひょっとして、聞かれていたというのか。あの日の夜のことを。
「ところでベルカ王子殿下。なんだか……暑くはありませんか?」
キリコが目を眇め視線を向けると、不意にベルカが右手で左の腕を掴んだ。
「な……まさか、何か……」
「殿下!?」
ほんのりと上気した頬。先ほどはその動作の勢いのせいかと思ったが、今になっても落ち着かない、少し上がった息。
「キリコ卿……殿下になにを」
問うと、さも意外だとでも言わんばかりの表情を浮かべた。
「何を……なんでしょうね。リンナ卿」
あなたが使ったのと同じ薬を殿下に投与したまでですよ、という言葉に目眩がした。
ベルカは左腕を掴む手に力を込め、奥歯を噛みしめて何かに堪えるような表情を浮かべている。
「殿下、大丈夫ですか? お気を確かに……」
寝台に鎖でつながれていないほうの手を伸ばし、ベルカに触れると、短く声をあげた。信じられないといった表情をして、自らの手で口を塞ぐ。
「少し……多すぎたのかも知れませんね。ベルカ殿下、温かいスープのお味は如何でしたか? 食事をとりたくないと言いつつ、そちらだけは飲んでいただけたようで何よりです」
と、キリコは笑みを浮かべた。
「薬剤にとろみがあったので冷たいままではよく混ざらなかったのですが、……どうやら怪我の功名だったようですね」
それで、とリンナに視線を向ける。
「で……薬を使ってそんな状態に陥ったベルカ王子殿下に、あなたは何をなさったのでしょうか? リンナ卿…」
これは問いかけではない。尋問だ。
「ああ。誤解の無いように言っておくと、私はそれを責めている訳ではないのですよ。純粋な興味と……それと、あなたがいったい何者なのか、それに関してオルセリート殿下から調査を命じられておりましてね」
「俺は……こんな薬、飲まされちゃいねえ…」
体内で暴れる熱を御しきれぬ様子で、しかしなんとか立ち上がりベルカはキリコを睨みつけた。
「そこまでして彼をかばうのですか。殿下…」
薄い笑みは絶やさぬまま、キリコはリンナに言葉を投げつけた。
「殿下の痴態を……どこまでさらけださせるつもりでしょう?」
言葉に詰まり、奥歯を噛みしめる。これは、確かに拷問だった。
「――それで、『先方』というのは」
堪えきれず、言葉を乗せかけた唇に、唇が押しつけられた。ほのかに甘い口付け。
「――…で、んか」
見開いたリンナの目の前で、ベルカは緩く首を振った。
『言うな』
言葉は介在しなかったが、確かにそう言っている。
くす、と声を立ててキリコが笑う。
「さあ、どこまでもつでしょうね。――ちなみにその薬ですが……一定時間経過、もしくは一度達すれば体内からはきれいに抜け、特に後遺症は残らないということですが……こう量を過ごしてしまわれては、身を焼く炎はさぞお辛いことでしょうね。私としても早く殿下をお助けしたいところなのですが」
金色の鍵を示し、先ほどの男に渡す。
「まずは質問に答えていただかなくては。その後でしたら、ここでも、殿下の宮でも、どうぞご自由にお楽しみ戴ければと存じます」
「ふざけ……るな」
吐息を押し殺すようにしてキリコを睨みつけた。
「ああ、それとも……」
くす、と笑み、キリコは第三の選択肢を突きつけた。
「私たちの目の前で殿下の乱れた姿を見せていただけるというなら、そのお心に免じて今回はそのまま解放して差し上げますが……」
ぐ、と言葉に詰まった。これは分が悪すぎる。
これなら口を割るしかないだろうと言わんばかりのキリコを睨めつけ、応えたのはベルカだった。
「……悪ィ、リンナ……」
寝台に圧し掛かると、リンナの唇に再度唇を押し付けた。唇を割り、歯列をなぞる、誘うようなキス。
「おまえは嫌かもしれねーけど、これであいつらが諦めんなら……」
「殿下、私はともかく、それでは殿下が」
口付けで焦がされかけた理性をどうにかつなぎ止め制するも、ベルカは退かなかった。
「本当に、ここでシたらこいつも解放して、昨日の件については探らねーんだな?」
さすがのキリコも呆気にとられた様子であったが、すぐに薄い笑みを湛えた。
「ええ、お約束しましょう……その様子では、リンナ卿の方がもつかどうかわかりませんけどもね」
視線を向けられ、ああ、と昨夜の行為を思い返した。
痛みに堪えようとするベルカを見つめ続けることがどれだけ堪えがたい苦痛であったことか。
ベルカが感じているだろうその痛みを、自分の身にすりかえる事が出来れば、どれだけ気が楽だろうと思ったことか。
『乱れる姿』それでベルカが受けるだろう、恥辱。
『肉体的苦痛だけが拷問ではない』
先刻のキリコの言葉が、鉛となって胸に詰まっているかのようだった。
「でん、か」
アルロンの薬の熱に浮かされながらもその瞳は真剣そのもので、ベルカがそうである以上は自信も覚悟を決めねばならない。そう感じられた。
「わかりました……あなたの決定に」
「待った」
従います。そう言いかけた刹那、キリコがそれを制した。
「……んだよ、決めたんだからそれでいいだろ!」
荒く息をつきながらベルカがそれに噛みつく。
「それでは面白くありませんね。そこは殿下ではなく、リンナ卿に決めていただかなければ。そして、手を下すのはあなたです。リンナ卿」
「なっ……」
その言葉にリンナは驚き、そしてベルカは奥歯を噛みしめた。
「そういう……こと、かよ……」
リンナ自身が、この場でベルカを[辱める]事を選択しなければならない。
ベルカを辱める事。
ベルカの意志に反し、胸の裡を暴くこと。
何よりもベルカの事を大事に思うリンナにとっては、どちらも選びがたい。それを知っての選択肢だ。
いま事を為してしまっては、完全に取り返しがつかない。
が、[先方]の正体を明かすだけならば…。
正直、リンナの天秤は必死にそちらを選び傾きたがっていた。
しかし、ベルカは。
先ほどベルカははっきりと示した。
それを明かすよりも、こちらで行為に至ることを選ぶ、と。
ベルカの意志がわかっているならば、そちらを選ぶべきではないか?
しかし。
胸中を葛藤が渦巻く。
選び取りがたいふたつの肢が目の前に横たわる。
どちらを選んでも、結果的にベルカを傷つけてしまう結果になることは明白だ。
ならば、どうするべきか?
「いつまでも黙っていられては、殿下もお辛いでしょうね?」
「わたし、は……」
息を呑む音すら響きそうな静寂の中、荒く浅くくり返されるベルカの吐息がやけに耳につく。
「私は、で、殿下を、乱…す、ことを、選びます」
絞り出すようにリンナが言うと、ベルカが僅かに表情を緩めた。
「ほう。この場で殿下を陵辱すると」
さりげない言い換えは明らかにリンナの精神的苦痛を狙ったものだと見て取れた。言葉に詰まり歯噛みすると、不意に右耳に濡れた感触があった。甘く噛まれ、わずかな痛みを感じるとともに、リンナだけに聞こえる程度の小声でのひとことが囁かれた。
『陵辱なんかじゃねえ。合意だ』
言葉の意味することに思い至り、目配せで応じた。
寝台の上で身を起こし、膝をつき圧し掛かった姿勢のままのベルカの腰を自由な方の左腕で抱き寄せると、それだけで敏感な反応を見せた。
「……ふあっ……」
くたりと力の抜けたベルカのブーツを片方ずつ脱がしていく。これは右手の動作を制限された状態では少々難儀だったが、どうにか両方ともを寝台の下に落とした。
抱き締めて緩く背中を撫でるだけの行為にも、びくびくと身を震わせる。
繰り返されるねだるようなキス。
熱に潤みきった瞳。
浅く荒い呼吸。吐息に時折混じる、殺しきれない声。
意識的にか無意識にか、押し付けられた状態の熱。
次第にリンナも行為に没頭していった。
キリコはただそれを見ていた。
あとがき的なアレ
4巻のベッドシーンをですね! 少しばかり捏造しようと思ったらすごい捏造になりました
4巻のベッドシーンをですね! 少しばかり捏造しようと思ったらすごい捏造になりました